たわごと




雨上がりのじくじくしたコンクリートを、美幸は何とも微妙な表情で歩いていた。
本当は怒りをその辺の街路樹にでもぶつけたい気分だったのだが、そんなことをすれば周りから変な目で見られることは必至。
だからそれを押し殺して微妙な顔にならざるを得なかったのである。





「だからさ〜誤解なんだって」
目の前の上半身裸の男は、へらへらしたツラを情けなく青ざめさせて美幸に弁解していた。
「何が誤解なの、孝史」
対する美幸は仁王立ちで自分の彼氏を睨み付ける。肩越しに気まずそうな女が見えて余計に腹が立った。



彼氏の孝史の家に、別に今日は会う約束もしていなかったが気分で来てみたら、ベッドで抱き合う男女が居たものだから度肝を抜かれてしまった。本当に。最初は。
怒りは後からやって来て、美幸はふつふつと煮えくり返る腸を抑えもせず、ベッドで寝ている孝史の耳を思いっきり引っ張ってやった。
彼は飛び上がって起きて、美幸の顔を見て数回瞬きした後、みるみる青ざめた。



「彼女いるくせに他の女連れ込んでよろしくやっといて、何が誤解なのよ?」
美幸は努めて冷静を装った。最も、そのぶん声色にドスが効いていたのかもしれない。
縮み上がる孝史はもう弁解しようとしなかった。ただ黙ってこの所謂修羅場とやらをやり過ごそうとしているように見えて、美幸はプッツリ切れた。



渾身のビンタに右手がジンジンしたけれど、孝史がよろめいて頬を押さえて倒れたのを見るとスッキリした。
「別れる」
その一言に孝史の目が僅かに見開いた気がしたが、それに目もくれないで美幸は部屋を出た。
ドアを開けた瞬間空気が冷たく感じて、ああそんなに自分は熱くなってたのかと暢気に思った。





口のなかに僅か血の味がして唇を噛み締めていたことに気付く。一体、この怒りはどこにやればいいんだろう。つい街路樹に目が行って、いけないいけないと思いとどまることを何回か繰り返した後、やっと美幸はアパートにたどり着いた鍵を開けて、部屋に入って、ベッドに仰向けに寝転がった。
ふと、携帯のバイブ音が聴こえて、美幸は緩慢な動作でカバンをまさぐった。発信相手の目星はついている…というか絶対そいつに決まっているという確信があった。
案の定携帯を開けばホラ。はーと溜め池をついて通話ボタンを押した。
「もしもし」
『なぁ美幸、浮気じゃないんだよぉ』
いきなりの‘浮気’という単語にピクリと眉がつり上がった。なんというか、この単語は嫌いなのだ。
「それは浮気してる男の常套句よ」
冷たくあしらうものの孝史はしつこい。
「俺お前が好きなんだって、本当」
「だったらあの女は何」
「だからしつこくって仕方なく…」
「仕方なかったら誰でも抱くのかあんたは!」
もう、いい加減にしてほしい。諦めの悪い男は嫌いだし、自分の失点を認めない男も嫌いだ。調度この電話越しの男はその二つを見事兼ね備え、美幸に別れないでくれと連呼している。ならば何故こんな男と付き合ったのか、と言われると美幸にもわからない。初めは美幸の理想の男だったのだ、多分。今となってはそんなことどうでも良いけれど。



もう一度、はーと息を吐いて、美幸は電源ボタンに指を添えた。
「とにかく、別れるったら別れる。バイバイ」
親指はバイバイの最後のイと同時に動いた。もう通話口から情けない声は聴こえてこなくて、ツーツーと無機質な音が続く。
ぱちんと携帯を閉じて、ベッドから起き上がった。水でも飲もう。どうも喉が渇いてしまった。
グラスを取った時、後ろで再び携帯が震える。それを一瞥して、後で着拒しとかなきゃなーと思いながら蛇口を捻った。
着信は激しい水音に掻き消された。


―――
これも別サイトに置いていたものをちょいと書き足してUpしました。
創作初めてか、まだ書き始めた頃のものです。起承転結の起で終わってますねー。
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