その恋を捕らえよ | ナノ
「濡烏みたい」
「はあ? なにがだよ」
「わかんなくていいよ」

 シカダイがまだアカデミーにいた時のこと。
 日の光に照らされた幼い彼の頭を見て、そんなことを思い、ぽろっと口に出してしまったことがある。
 彼の髪は、濡烏のようだ。
 艶やかで、真っ直ぐで、黒々としていて。太陽の下だとそれはどこか青や緑に見える。
 とても綺麗で、幻想的な色。
 そんな彼の髪が心底羨ましくて、私は大好きだった。
 もう随分と前のことだ。あのときのことは、きっともう彼は忘れてしまっているだろう。
 けれども、今だって私は彼の髪は美しい濡烏のようだと思っている。
 いつまでも変わらない、美しい黒々とした髪。私の大好きな、彼の髪。



「シ、シカダイ……?」
「んー?」
「この手は、何?」

 久方ぶりの休日。
 途方も無い回り道をして、つい三ヶ月前にようやく収まるところに収まったふたり。そんなふたりは久しぶりに重なった休日をシカダイの自室で過ごしていた。
 特別目的もなく、ただひっついて過ごす穏やかな時間はとても幸せに満ち溢れている。シカダイの気持ちも、自分の気持ちにも気づかないふりをして蓋をしてきた苦しい時が長かった分、こんなささやかな幸せがミライにはとても尊いものに思えた。
 シカダイのベッドに寝っ転がりながら、ぺらりぺらりと彼の本棚から拝借した本を捲る。
 かく言う彼は、そんなミライの隣でぼんやりと窓の外を見つめていたと思えば……これだ。

 横から抱きつかれ、腕も足も体に纏わり付かれては身動きが取れない。
 抱きつかれて身動きが取れないぐらいなら別段問題はない。
 しかし、この手はさすがにいただけない。
 ミライは恨みがましく自身の脇腹を妖しげに撫で回すその手を見た。
 こら、と一言叱りつけ、脇腹を這い回っていた手の甲を叩けばペチリと小気味良い音が室内に響いた。
 むっつりと下唇を突き出してこちらをジト目で見つめてくるシカダイに、くすりと笑みを浮かべてくしゃくしゃと髪をかき混ぜる。
「ちょ、ミライ、やめろって」
「構って欲しかったくせに〜ダイちゃん寂しかったんだよね〜ごめんね〜」
「うっせ! やめろって!」

 がばりとシカダイが突然身体を起こした。
 にたりと年相応の笑みを浮かべた彼はそのままミライの上に馬乗りになる。きょとりとミライは瞳を丸めた。
 待て待て待て、今日はそんな予定じゃなかったはず。
「ちょっと待ちなさいシカダイ」
「ミライ、したいんだけど」
 直球でそう言われ、ミライは顔を赤らめた。
 シカダイのくりっと丸い翡翠色の瞳から視線を離す。あの目に弱いことをミライは十分理解していた。
「駄目」
「なんで」
 むくれた声でそう問われる。
 なんでと言われても、とミライは頭を抱えたくなった。
「なんでって……シカマルさんとテマリさん帰って来ちゃうでしょ」
「夕方まで離れにいるって言ってたから帰ってこねえよ」
「そんなの、わかんないじゃない……ってこら!」
 ミライが手にしていた本をシカダイに取られてしまい、つい声を荒げた。
 相変わらず拗ねた表情をしたシカダイはぺいっとそれをベッドの下に投げる。重たいハードカバーのその本はべちゃりと開いた状態で床に転がった。
 ああもう、あれではページが折れてしまう。
 半分身を起こし、転がった本へと手を伸ばした。

 しかし、その手をシカダイに取られてしまう。背に柔らかな衝撃、視界にはシカダイの顔と天井があった。
「父ちゃんと母ちゃんも久しぶりにいちゃいちゃしてんじゃねえの?」
「なっ……!」

 ミライはつい彼の両親のあれこれを想像してしまいカッと頬を赤らめた。恥ずかしげもなく、なんてことを言うのだこの子は。

「だから、大丈夫」

 ミライの反抗の声は、シカダイの唇に飲み込まれていった。




 電気を点けずとも、室内は窓から差し込む陽光で事足りるほどに明るい。
 窓の外は水色の水彩絵の具を水で溶かしたような淡い色が空に広がっていた。その水色の中にはぽつり、ぽつりと綿あめのような雲が浮かんでいる。
 春らしい気持ちの良い快晴だとミライはつい先刻まで思っていた。
 そんな爽やかな春の昼下がりとは打って変わって、室内には情事特有の淫らな匂いが立ち込めていた。

「やっやぁっ! だめ、もうやめてっ、あぅっ、シカダイ、おねが……っ!」
「善がってるくせに、嘘吐くなよ」
「ひっ、あっ、だめっ、ちがう、ああっ!」
「じゃあ俺の手びしょびしょにしてんのは誰だよ? ミライだろ?」
「あっあっあっ、や、だめ、おねが、もうゆび、やだぁっ……あああッ!」
 ビクビクと全身が痙攣し、ミライは今日何度目かの絶頂に達した。
 ひっくひっく、としゃくり声をあげながらボロボロと生理的な涙をこぼす彼女の姿にシカダイはぞくぞくと身を震わせた。シカダイの興奮しきった雄の目は、ミライの濡れそぼった秘部に釘付けだ。
 ミライはその欲を孕ませた翡翠色を見るだけでどうしようもなく下腹部を疼かせてしまう。
 つい三ヶ月前までは男なんて知らなかったくせに、彼の手によって女にされてしまったこの身体は馬鹿のひとつ覚えのように目の前の愛しい男を欲しがって止まないのだ。
 全部全部、シカダイのせいだ。
 彼に抱かれる度、彼のせいにしてきた。こんな身体にされてしまったら、もうシカダイ無しでは生きられない。そんな末恐ろしいことすら考えてしまうほどに、ミライの身体はシカダイを覚え込まされ、シカダイを求めるように作り変えられてしまったのだ。
 秘部に注がれていた彼の視線がいつの間にか自分を見つめていたことに気づく。
 胸を上下させ、荒い呼吸を整えながら彼の視線に自分のそれを絡ませると彼は至極うれしそうに頬を緩ませ、ニッと悪戯っ子みたいに笑った。
 ――嫌な予感がする。

「なあ、ミライ」
「な、なに?」
「ここ、さ」
 ちろりと赤い舌を出しながら、ミライの蜜に塗れた指先をシカダイは舐め上げた。たっぷりと間を空けて、彼は再度唇を開く。
 ミライの脳裏に警報が鳴った。
「ぷっくり膨らんでて可愛い」
「〜〜ッ!」
 シカダイは膣口の少し上にあるずっと放置されていたぷくりと肥大した陰核に触れた。
 その瞬間、ビリビリとした強烈な快感がミライの全身を駆け抜けた。悲鳴をあげることもままならないような快楽にミライの瞳からは涙が溢れる。
 金魚みたいにはくはくと口を開けたり閉じたりしていると、シカダイの唇に塞がれた。ねっとりと咥内を舐められ、頭がぼうっとする。
 唾液を絡ませ、一頻りミライの咥内を堪能して満足したのか、シカダイは最後にちゅ、とリップ音を立てて唇を離した。
「は、んっ、シカダイ?」
「ミライ」

 宙でふたりの視線が交わる。溶けてなくなってしまいそうなぐらい熱い視線だった。
 シカダイの目は陽光に照らされた新緑の葉のようにキラキラとしている。あまりにも美しくて、暫しミライはその目に見惚れた。
 その目がニッとまた、悪戯っ子な顔をのぞかせる。

「ここ、」
 つん、と指先で膨れた陰核を突っつかれてびくりと身体が跳ねた。

「舐めたらどうなんの?」

「え、え? 舐めるって、えっ!?」
「試してみてもいい?」
「やっ、ちょっ……!」
 舌なめずりをすると、シカダイはそこへと顔を近づけた。
 明るくてよく見えてしまう秘部に彼の視線が集中しているのかと思うと羞恥心がミライを襲う。
 皮を剥かれ、むき出しになった敏感な陰核にふぅっと熱い吐息をかけられる。そんな小さな刺激さえもミライにとってはとんでもない快楽だった。
 先ほどまで咥内を犯していた赤くざらついた舌先がくちゃりと音を立ててそこに触れる。指で触れられるのとは全然違う感触にミライは背を反らせて喘いだ。
「ひゃあああっ、だめ、やだぁっ、」
「はっ、すご……」
「ダイッ、シカダイ、やめてっ、ああんっ、ひゃう……っ!」
 唇で小さなそこを咥え、コロコロと舌先で転がされるとひとたまりもなかった。
 小さな波が何度も押し寄せ、足先を突っ張らせてしまう。
 必死にシカダイの髪を掴んで引き離そうとするも手に力が入らず、むしろ彼の頭を自身のそこに押し付けているような状態にすら見えた。
 恥ずかしくて気持ちよくてどうにかなってしまいそうだった。
「やっ、やあっ! だめ、おねが、シカダイ、もうこれやだっ」
「ん、じゃあこっち?」
「あっあっ、やだ、だめ、それやだ、ゆびやめてっ」
 シカダイの唾液と自分の垂らした蜜が絡めた指先がまた中に挿入される。やだやだと言いながらも内壁は悦んでシカダイの指に絡みつききゅうきゅうと締め付けていた。無意識に彼の指を締め付ける度、彼の指の形をリアルに感じてしまいますますミライは恥ずかしさに頬を薔薇色に染めた。
 付き合い始めて三ヶ月の間、身体を重ねた回数はもう両手では足りない。最初こそ拙い動きでミライの身体を弄っていた彼の指先は回数を重ねるごとにミライの良いところを覚え、今では的確に突いてくる。
「あああッ――!!」
 シカダイの人差し指と中指の腹がザラついた箇所を撫でた瞬間、強く陰核を吸われミライの瞼の裏には閃光が弾けた。
 ミライのまるくて赤い瞳からはボロボロと涙が溢れる。
 挿入していた指先を引き抜き、自身の唾液とミライの愛液でベトベトになった口元を手の甲で拭うと、シカダイはぺろりと彼女の涙を舌先で舐めとり、額にやさしく口付けた。

 ぼうっとする思考の中、いつの間にか解けてしまった彼の黒い髪を撫で、自分よりも逞しい首に両腕を回した。
「ミライ?」
 どこか焦ったような声音がミライの鼻先に落ちる。
「もう、むり。シカダイ、ちょうだい」
 ――奥が疼いてしょうがないの。

 小さく、震えた声で精一杯のおねだり。
 彼を引き寄せて、その唇をぺろりと舐める。すると、彼の態度とは一変して真っ赤になって狼狽え始めた。
 そんな彼が可愛くて愛しくて、益々欲しくなる。
「ね、はやく」
 色任務の先生に教わったように瞳を潤ませ、上目遣い。小首を傾げながらそう囁いて、また唇を舐めると、彼は勢い良くミライの唇を貪り出した。
 衣擦れの音がする。シカダイが服を脱いでいることが窺えた。
「煽ったのはミライだからな」
 苦しそうな熱っぽい声で、シカダイは言った。
 ミライは彼の首筋に顔を埋め、こくりとひとつ頷いてみせた。





 散々求め合って、喘がされ、気づけば意識は夢の彼方へと飛んでいた。
 起き上がって窓の外を見ると太陽は西へ傾き空を紅色に染めている。
 ふたりはベッドの上でシーツにくるまりながらお互いの体温を確かめ合っていた。
 未だ眠いのか、シカダイはあくびを漏らしながらミライの首の下に差し入れた左手で彼女の髪を撫で遊んでいる。
 ミライもまた自身のお気に入りである彼の髪を指で梳きながらぼんやりと何年も前のことを思い出していた。
 自分よりも長い髪を一房摘み、持ち上げる。しばらくそれを眺め、宙で離すとサラサラと音を立ててそれは重力に従い彼の頬へとかかる。それを何度か繰り返し、彼の髪を見つめ続けた。
「シカダイの髪は、濡羽色だね」
 ぽそりと少し枯れた声音でそう漏らす。
 シカダイは眉を顰めて、閉じていた瞼を持ち上げた。
「……それ、女に使う言葉だろ」
「そうなの?」
「知らないで使ってたのかよ……」
 若干呆れを含んだ声音でそう言われ、ぷくりと頬を膨らませると頬を指で突っつかれた。ぷしゅーっと口から空気が抜けていく。風船がしぼんでいくみたいに。
 くつくつと笑われて仕返しにシカダイの髪を軽く引っ張ると「ごめんって」笑みを含んだまま謝られた。
 仕方ないのでそれで許してあげよう。
 しばらく見つめあって互いの髪を弄りあっていたら、今度はシカダイが口を開いた。 
「……ミライの髪だって濡羽色じゃん」
「えー。私のはなんか違う気がする。シカダイみたいに綺麗な真っ直ぐじゃないし」
「それまっすぐかまっすぐじゃないかなんて関係ねえだろ。俺はミライの髪、綺麗で好きだな。やわらかいし」
「そう、かな……」

「うん……濡烏みたいだ」

 ぱちくり。瞬きをひとつし、ミライは彼の髪から彼の瞳へ視線を向けた。
「覚えてたの?」
「……まあ」
 照れ臭いのか、シカダイの耳は夕日の赤とは違った赤に染まっていた。目は宙をうようよと泳いでいる。
 あまりに可愛い彼の仕草にミライはくつりと笑みを漏らした。新しい玩具を見つけた子供みたいに。
「ふうん? それで? 誰に聞いたの?」
「何が」
「濡烏の意味、知らなかったでしょ?」
 ガシガシとシカダイは後頭部を掻く。
 じとりとミライはシカダイを見つめると彼は諦めたようにため息をひとつ漏らし、口を開いた。

「…………ばあちゃん」
「ヨシノおばさんに?」
「うん。そしたら、懐かしいってあれこれ昔話聞かされた」
「へえ、なになに、聞かせて?」
「んなおもしれーことじゃねえよ。昔、ばあちゃんもじいちゃんに同じことを言ったことがあったんだってよ。そしたらさ、じいちゃんは『俺みてぇな野郎じゃなくて、それはヨシノさんみたいな綺麗な人にぴったりな言葉だ』ってばあちゃんに返したんだって」
 きゅん、とミライの胸が鳴った気がした。
 ごろりと寝返りを打ち、うつ伏せになってミライはシカダイの顔を覗き込んだ。
「……それってシカダイもそう言いたいってこと?」
 カッとシカダイの頬が朱に染まる。
 下唇を突き出し、照れた様子で一度視線をそらした。そして、しばらく間を空けて、シカダイの視線はまたミライの元へと帰ってきた。

「わりーかよ」

 照れを押し隠して必死にらしくないことを言う彼に、ミライは愛しさで胸がいっぱいになった。
「ぜーんぜん!」
 ニカリとミライが満面の笑みを咲かせると、シカダイもまた、ゆるゆると笑みを浮かべるのであった。


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