その恋を捕らえよ | ナノ
 私が女になる時は、忍を辞める時なのだと思っていた。
 生まれる前に父を亡くし、幼い私を必死に守ってきてくれた母と師を、今度は私が守って生きると、そう決めていた。新しく生まれる子供たちを、この里の人々を、この手で。
 髪を短く切り、師に追いつこうと必死に修行を積んだ。
 私には必要のない胸を燻らせる気持ちを、必死に隠した。

 それなのに。
 そう思っていたのに。私は今、女にされようとしている。
 目の前の男は誰だ。知らない。
 こんな男、私は――


「シカ、ダイ……」

 月を背に、私を見下ろす男の瞳は美しい翡翠。室内の光源は月明かりだけだというのに、その翡翠はやたら爛々と輝いて見える。
 愛しい目。宝玉のようなそれは、確かに私にとっての玉で、愛しいもので、守るべきものだ。
 この子が生まれた時、守るとこの胸に誓った。そんな子が、どうして。
 きりりと胸が痛む。否、軋んだのは彼の影に囚われたこの両腕か。
 一括りに頭上へまとめあげられ、拘束されたそれはどうあがいてもビクともしない。

『ミライ姉ちゃん!』
 父親によく似た黒々とした髪を高い位置にひとつに括り、母親譲りの綺麗な顔立ち、猫みたいな緑の瞳。
 愛らしく懐っこい声で『ミライ姉ちゃん』と自分を呼んだあの子。
 めんどくせぇとか言いながら、やたら好戦的で負けず嫌い。その癖フェミニストで、男だ女だと口にする線の細い体をしたあの子。
 可愛くてたまらない、私の玉。
 私の知るシカダイは、そんな子だったのに。


「もう、逃がさねえから」

 薄い唇から覗いた赤々とした舌がぺろりと舌なめずりをする。
 ぞくりと背筋に自分の知らないものが駆け上がった。

「ミライ」

 そんな呼び方、しなかったくせに。
 私の可愛い玉は、いつの間にかに男になっていた。
 私の知らない、男の声で名前を呼ぶ。舌の上で飴玉を転がすように、愛しげに。
「んっ」
 先ほど押し倒される寸前に彼の髪を引っ張ったせいか、解けかけた髪が私の頬をくすぐる。
 重ねられた唇は、やわらかくやさしい。それでもどこかぎこちなく、微かに震えていた。
 ねっとりと唇を舐められ、口を開けと舌先が前歯をノックした。
 その動作に、拙い口付けに夢中になり掛けていた思考が一気に覚める。

 だめ、だめだ。落ちては駄目。
 この子は守るべき存在。こんな気持ちは胸の奥底に沈めて、隠して、ひっそりと殺してしまわなければ。

 首を横に振って、シカダイの唇から逃れると、小さく舌打ちをこぼされた。
「シカダイ! 離して!」
「駄目。もう逃がさねえってさっき言った」
「頼むから、言うことを聞いて!」
「嫌だ」
 するりと冷たい手が裾から入り込み、筋肉質な腹を撫でられた。
 ビクリと身を竦ませるとシカダイは口元に笑みを浮かべてするするとその手を上へと這い上がらせる。
「ガキの頃から思ってたけど、ミライって結構デカいよね」
「何を、バカなこと……子供のくせに……」
「男はみんなそーなの。それに、」
 上着をたくし上げられ、下着に隠された胸がこぼれた。

「俺はもうガキじゃないって散々言ったよな?」

 熱に浮かされた瞳が、私の体を舐め回すように見つめる。

 見ないで。見ないで。私をそんな風に。
 女にしないで。

 ぎゅっと目を瞑り、彼の視線の檻から逃げ出す。
 胸の奥底に隠してきた気持ちがゆるゆると紐解かれていこうとしているのを必死になって抑え込む。
「ミライ」
 吐息が耳に触れた。
 驚くほど近い位置から名を呼ばれ、ミライは身を強張らせる。
 ちゅ、とリップ音を立て、口付けられたかと思えば彼の唇は私の顎、喉、首筋、鎖骨を伝っていった。
 ぞくぞくと肌が泡立つ。奇妙な感覚に襲われながら、必死に抵抗を試みるもそれは虚しく終わる。
 力の差をまざまざと見せつけられ、私は言葉を失った。

 すっかり同じ体温になってしまったシカダイの指先が胸を包む。
 やんわりと揉みしだかれ、腹の奥底から無理やり淫らな気持ちを引きずり出され、熱い吐息へと変わった。
 下着を押し上げられ、ふるりと隠されていた胸が溢れると私と同じ熱い吐息が乳首の先端をくすぐる。
 ハッと息を飲んだ時、小さな快感に私は思わず声を漏らした。
「あっ……んっ」

 含み笑いをしているシカダイの姿が脳裏に映る。
 妖艶に笑う彼は本当に自分の知るあの子なのだろうか。

 ぷっくりと主張した実を舌で散々舐められ、吸われ、嬲られているうちに気づけば息が上がっていた。
 シカダイの手は下降し、とうとうズボンと下着を取り払われてしまう。
 さすがにこれ以上はまずいと思って必死に手足をばたつかせ抵抗しようとするも、シカダイの術のせいでそれはビクともしない。
 外気に触れたそこはひんやりとしており、濡れそぼっているのが自分でも理解できた。今更になって羞恥心が襲いかかり、私の身体はカッと熱くなる。
「やだ、だめ、シカダイ……っ」
「なあ、ミライ」
 やさしく名を呼ばれ、ずっと閉じていた瞼をそっと持ち上げた。そこには見てはだめだと自身に言い聞かせてきた欲情した翡翠がふたつ。鼻先がふれあいそうな位置。私は呼吸することを忘れてその視線に捕らわれた。
「ここ、どうされたら気持ち良い?」
 熱っぽく囁かれ、私は益々顔が熱くなる。
 もうすっかり体は新たな快感が欲しいと悲鳴を上げ、蜜を溢していた。
 たらりと秘部から蜜が垂れ、尻を伝い床を濡らす。その冷たさにぎこちなく身をよじらせるとシカダイはうれしそうに口角を持ち上げた。

 まずい。

 頭の中で警報が鳴り響く。
 駆け足で鳴り響く警報はやがて心臓の高鳴りにすりかわり、私を追い立てる。
「ひゃあっ」
「すっげ……」
 くちゃり、シカダイの指先がそこへと触れた。誰にも見せたことも、触れさせたこともない私が女になってしまう場所に。
 くちゃくちゃとわざとらしく水音を立て、シカダイの指は膣の周りを楽しそうに彷徨う。初めて水飴をもらった子供みたいに、夢中に。
 今か今かと期待に満ちあふれ膨らんだ陰核に指が掠める。その瞬間、目の前で星が瞬いた気がした。
「あっ、やっ、だめ、ダイ! 触っちゃだめっ」
「何で? ミライ、ここ気持ち良いんだろ?」
 しっかりとその存在を確かめるように指先で遊ばれる。ころころと転がされ、つままれ、弾かれる。思考が乱されて、私は身悶えた。
「し、知らない、わかんないっ」
 シカダイの指先の動きが速まるとガクガクと足が小刻みに震えだした。私は彼の手から逃れようと必死に腰を引く。
 しかし、随分と逞しくなってしまった彼の手に捕らわれ、逃げ道を塞がれた。
「だめ、シカダイ、だめ、だめぇっ!」
 何かに追いかけられ、必死に足掻いて逃げる。けれども、それは叶わず。
 すぐに捕まえられてしまった。頭が真っ白になった途端、がくりと全身の力が抜けた。

 しばらくの間、荒くなった呼吸を落ち着けながら、知らぬうちに涙が溢れ、滲んだ視界でぼんやりとシカダイの顔を見つめていた。
 解けかけていた彼の髪はいつの間にやら解け、さらりと肩に流れ落ちている。
『シカダイの髪は、私と違ってまっすぐで綺麗でいいね。羨ましい』
 私の大好きな、シカダイの髪だ。
 触れたい。
 知らぬうちに男になってしまった、けれども昔から変わらない、彼の髪に。

「なあ、ミライ」

 吐息と共に自身の名が紡がれる。
 眦に溜まった涙がほろりとこぼれ落ちた。
「いい加減、諦めてくれ」
 その声はどこか湿り気を帯びており、先ほど重ねた唇と同様に微かに震えていた。
 きゅ、と切なく胸が鳴る。
 胸の奥底に隠してきた気持ちはとうに彼の手によって暴かれてしまった。
 隠してきたのは無意識だ。ただ、気付かないように必死に目を逸らし続け、蓋をし、仕舞い込んだのだ。
 けれども暴かれて、彼の目に触れてしまったなら、もう駄目だ。
 隠すことも、見て見ぬふりも、出来そうにない。

「シカダイ」

 一度目を閉じ、呼吸を落ち着ける。

 敵わないなあ。
 苦笑を漏らし、また瞼を持ち上げた。今度は、しっかりと。真っ直ぐ、彼の目を見つめる。

「好きだよ。もう逃げない」

 シカダイの目が、微かに見開かれた。
 ふたつの翡翠色に喜色が浮かぶ。

 ああいつからこの子は、こんな目をするようになったのだろう。

 次の瞬間、私はきつく彼の腕に強く抱きしめられた。
 術の解けた腕を伸ばし、彼の髪掻き上げる。

「ありがとう……俺も、ミライが好きだ」

 顔を見合わせると、シカダイはニカリと笑った。
 その笑い方に、幼い頃の彼の面影を見つけて、胸が高鳴った。
 彼の頬に手のひらを当てるとその手に彼は自分のそれを重ねた。その手の大きさに私は目を見張った。
 自分よりもひと回り以上大きなゴツゴツとした手は、まさしく男のものだ。
 見て見ぬフリをしていた些細なところから、彼を男だと思い知らされる。

 全く、この子はいつから男になっちゃったんだろう。


 ――いつから、私の初恋の人を越えてしまったのだろう。


「私の降参、だね」

 シカダイに負けじと笑顔を向けると、彼はもう限界とでも言うように私の唇にかぶりついた。

 私が女になる時は、忍を辞める時だと思っていた。
 けれども、私は女にされてしまった。
 私を好きだと諦めずに追いかけてくれた、私の初恋の人の息子の手によって。


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