小説 | ナノ
また夢の中で
真琴×サキュバス江

「はっ、はっ、はぁっ……」
 真琴は自室の扉を閉め、後ろ手に鍵をかけると、大きく息を吐きながら肩を落とした。
 木製の扉に背を預け、そのままずるずるとしゃがみこむ。
「ああ、もう。俺の馬鹿」
 自身に悪態を吐き、膝頭に額を擦り付けながら頭を抱える。脳裏に思い出すのは、可愛くてたまらない水泳部の紅一点であるマネージャー兼友人の妹兼、自身の想い人のあられもない姿であった。
 欲に濡れた赤い瞳を思い出すと下半身がずくりと重くなる。
「サイテーだ……」
 真琴は涙が滲みそうになるのを歯を食いしばって耐えた。

 これは、単なる事故だ。

 真琴は、部員たちが帰宅したことを見送り、更衣室の施錠をするべく女子更衣室を使用している江を待っていた。
 部長として、真琴は顧問の天方からプールの鍵を預かっている。毎日彼は水泳部が使用している部屋全ての鍵を施錠し、職員室へ鍵を返すことが日課となっていた。
 男子の着替えは早い。仲の良い水泳部たちは戯れ合いながら着替えをし、荷物を纏めて帰るのにものの二十分もかからずそれらを済ませてしまう。しかし、水泳部にはひとりだけ女子がいる。松岡江がその人であった。彼女は、自身のマネージャーの仕事を全て片付けてから女子更衣室で着替えをしている。ただでさえ彼女は自分たちと違って女子であるから身支度に時間がかかる。それは真琴だって十分承知している。
 真琴はいつだって、江が着替え終わるのを待ち、彼女が出て来たら更衣室の施錠をして、職員室に鍵を返し共に下校をしていた。真琴と違って電車通学の彼女のことが心配(もちろん下心もあって)で、彼は毎日毎日飽きもせず彼女を学校から最寄りの岩鳶駅まで送ってから帰宅する。例え自身の家を通り過ぎ、駅まで彼女を送り届けてから元来た道を戻ろうと真琴は全然良かった。江のことが好きだから、少しでも一緒にいたいと思ってそんな行動をとっていた。
 しかしその日は、真琴が着替え終わってから三十分以上経っても江は更衣室から出て来ようとしなかった。首を傾げながら腕に巻き付けていた時計に視線を落としたところ三度目で、さすがに嫌な想像が頭をよぎる。まさか、具合が悪くなって倒れてたりとか……。
 真夏だというのに真琴は顔面蒼白にして慌てた。
「ご、江ちゃん!!」
 ノックも忘れて真琴はその扉を音もなく開け放った。だが、そこには真琴が予想していた床に倒れた江の姿ではなく、頭の中真っピンクな男子高校生にはとても刺激的な江の姿が待っていた。

「んっ、ふ、ぁっ」
 乱れたシャツの隙間から覗く淡いピンクのブラジャー。そこから零れ落ちるように顔を覗かせているぽってりと赤い粒は芯を持って立ち上がっている。スカートの中、更にその奥に潜んでいるであろう下着の中に手を忍ばせたそこはくちゅくちゅと卑猥な水音を立てていた。上気した頬、眦を朱に染め上げとろりと赤い眼を溶かしたその瞳はうるうるとしており、瞬きをしたら涙が零れ落ちてしまいそうだ。
 ごくり。橘はその光景に身動きがとれず、生々しく喉を鳴らした。
 屋上で江を見つけた時から、心は彼女に奪われていた。可愛くて、よく気を遣ってくれて、頑張り屋さんで、部のみんな、真琴を引っ張ってくれる彼女のあられもない夢のようなそんな姿。今それを目の当たりにしている。誰も見たことがない彼女の姿を、真琴は今見ている。
 そのことに真琴はとても興奮した。
(あれっ……俺もしかして寝てる!? ここ夢の中!?)
 数秒動けず、江の姿に目が離せないでいたが真琴はようやく我に返り自身の頬を抓った。……痛い。夢じゃ、ない。
「ああっ、ま、んっ……ふ、あっ……っ!」
 江はビクビクと身を震わせると、下着から埋め込んでいた白くてか細い指を引き抜いた。真琴の下半身は、もうとっくに熱を持っていて上を向いている。どくどくとそこが脈打ち、真琴は彼女の視線の先に釘付けだった。
 甘い蜜で濡れた指先を自身の目元まで持っていった江は恍惚の表情で、赤い舌を出して舐めとった。
 ごくり、とまた真琴の喉が鳴る。俺も江ちゃんのそれ、舐めたい。
 下半身に心臓が移動してしまったみたいにそこが高鳴る。先端からは蜜が溢れてボクサーパンツを汚していることぐらい容易に予想がついた。
 その時、赤い瞳がこちらを向いた。真琴の緑の瞳と、江の欲に塗れた視線が宙で交差する。
 カッと真琴の顔が彼女の瞳と同じくらい真っ赤に染まった。
「あっ、えっ、わっ、その! ご、ごめん江ちゃん!」
 江の視線に動揺した真琴はそう慌てて言葉を噛みながら謝罪を述べ、そのまま走って逃げ帰ってしまった。そして冒頭に戻る次第だ。

(江ちゃんのあんな顔、初めて見た……いやでも、あれって本当に夢じゃなかったのか?)
 ああ、でもあんなに可愛い江ちゃんを見れて、俺はラッキーだったのかもしれない。夢でもなんでもいいや。今日はもう、何も考えたくない。
 首を傾げながらも、まだ熱を持っている下半身に真琴は手を伸ばした。
「あっ……んっ……江ちゃ……」
 自分の感じるところをよく知っている右手が自身を擦りあげる。欲に塗れたあの赤いふたつの目と、ふっくらとした妖艶な唇が「まことせんぱい」と呼ぶのを脳裏に思い描きながら。

 ◆

 するりと滑らかな肌が真琴の割れた腹筋を弄る。その感覚に、深い眠りの底に落ちていた真琴の意識が浮上した。
「んっ、だ、れ……?」
 寝起き特有の掠れた声が静かな部屋に響いた。重たい瞼をこじ開け、うろうろと視線を動かすと間違いようがない、そこは真琴の部屋であった。
 視界に入った目覚まし時計は午前二時を示しており、まだまだ朝が遠いことを告げている。
(なんだ、気のせいか……寝ぼけただけかな……)
 霞がかった思考の中でそう思い、また眠りに意識を投げ出そうとしたその瞬間、甘い香りが真琴の鼻孔をくすぐった。それは、どこかで嗅いだことのある、甘く脳を溶かすような香りだった。
 眠りに落ちる。その時、自身がぬるりとした粘膜に包まれる感触に真琴は腰をびくつかせ、慌てて瞼をこじ開けて身を起こした。
「なっ、う、えっ!?」
 ちゅぽり。いやらしい水音が静かな室内に響く。
 真琴は目の前の光景に大きく目を見開いた。ばくばくと脈打つ心臓が体温を急激に熱くさせる。寝る前にリビングで家族と共に見た天気予報は今年一番の熱帯夜と言っていたことをふ、と思い出した。しかし、熱帯夜とか、そういう問題じゃない。これは意図的に与えられた快感から生み出されたものだった。
 内側からの熱に真琴はただひたすら焦った。
「な、んで……っ、んっ……ここに、」
 己の目を疑いながらも、真琴は今度は欲に掠れた声で疑問を投げかける。
「江ちゃんっ……!」
 自身の股の間に跪き、下着とハーフパンツをずらされたそこからそそり勃つそれを恍惚と銜える彼女――江に。
「んっ、ちゅっ……こんばんは、まことせんぱい」
 うっとりと目を細めた江はすり、と頬に自身を擦りつけながら真琴の顔を見上げた。つるつるとした先端が、江のやわらかな頬に擦られる度に腰が跳ねて真琴は己の手で口を塞いだ。大きな声を出してしまえば、寝ている家族が起きて様子を伺いにくるかもしれない。もしそうなったら、この状況に真琴は言い逃れる自信がなかった。
 月明かりに照らされた江の白い肌に先端から溢れる蜜が塗りたくられてらてらと妖しく光っている。むくむくと腹の底から性欲が迫り上がってきて、真琴はふるふると背筋を震わせた。
「ふふ、思ってたとおり。真琴先輩、ここ、ガチガチですね? 私のこと想像してえっちなことしてたんですか?」
 下から掬いあげるようにべろりと根元から舐められて真琴はまたびくびくと腰を跳ねさせながら仰向け沿った。くっきりとあらわになる喉仏に江はごくりと喉を鳴らして、真琴の顔から視線を外さないままちろちろと先端を舌先で舐める。
「ま、待って江ちゃん! どうしてこんなとこにっ、んっ、くぅっ……ちょ、ちょっとたんまっ!」
 今にも弾けそうになる欲に真琴は慌てて江の小さな頭を押し退けた。間一髪。
 荒い息を整えながら涙目で江に問うと、唇からこぼれそうになっていた唾液を江は赤い舌で舐めとりながらくすりと微笑んだ。
 どくり、と真琴の心臓が飛び跳ねたと同時に下半身も更に膨らむ。
 黒いすけすけのベビードールを身に纏っている江の胸元はガッツリ開いており、真琴の位置からでは谷間がよく見えてとても目に毒だった。このままじゃ駄目だ、と視線を外そうとするが、すんでのところで江の手が真琴の頬を固定し、無理矢理視線を絡まされる。
「ここは夢の中ですよ、まことせんぱい。私、夢魔なんです。聞いたことあるでしょう? サキュバスって」
 興奮しているせいかなかなか回らない頭でのろのろとそのキーワードを思い起こした。夢魔。サキュバス。その名は何かの番組で取り上げられているのを見たことがある気がする。確か、それは、夜、夢の中に忍び込んで男の精を吸い取っていく女の悪魔だった気が……。
「ええっ!? じゃあ江ちゃん、悪魔だったの!?」
 驚き目を見開くと、江は妖艶に微笑んだ。
「んっ、もう、いいじゃないですか。ここは夢の中なんですし。私、はやくまことせんぱいのこれが欲しくてたまらないんです」
 小首を傾げながら江は未だ手に握っていた熱い真琴のそれをゆっくりと焦らすように扱いた。
 突然訪れた快感に真琴はぎゅ、と瞳を閉じると唇にねっとりとした熱い感触が這う。慌ててまた目を見開けば江の綺麗な顔が間近にあった。
 ――江ちゃんと、キスしてる。
 それ以上のことをしているというのに真琴はとてもその事実に興奮した。江のやわらかな唇が真琴の上唇を食み、熱い舌が唇をこじ開けて中に侵入してくる。

 カッと熱が頭にのぼり、もう真琴は理性とか、自分の部屋だからだとか、どうでもよくなった。
「んんっ!?」
 自身の唇を押し付けるようにして、真琴は自分の身体と江の身体を入れ替えるようにしてベッドに押し付けた。
 無我夢中で舌を絡ませ、吸い付き、上顎を舐める。熱い咥内が、江が酷く興奮していることを真琴の伝えていた。
 とんとん、と肩を叩かれ、真琴はようやく彼女の唇を解放してやると、銀色の糸がふたりを繋いでおり、それはとてもいやらしく光っていた。
 驚き見開かれた江の赤い瞳を見下ろしながら真琴は目を細めた。舌を器用に使って、繋がっていた銀の糸をぷつりと切ると、江の頬が増々朱に染まる。
(かわいい。ずっとこうしたかった)
 毎晩、何度彼女のこのような表情を想像して自身を慰めたかわからない。
 彼女はサキュバスで、これは夢の中でと言っていたが、彼女を今すぐ自分の手で悦ばせることが出来るなら現実などどうでも良いと思えた。
 くつり、と喉で笑みを漏らすと江はビクリと肩を竦めた。右の手をゆっくりと彼女の左胸に押し当て、揉み込むとその奥深くにある彼女の心臓がどくどくと早鐘を打っているのがよくわかる。大胆な行動をとっていたわりに、彼女も緊張していたのかもしれない。そう解釈すると必然と愛しさが込み上げてきた。
 ちゅ、と唇を江の額、瞼、鼻先、頬に押し当て、それからゆっくりと食べてしまうみたいに唇を貪った。唾液を奪い取り、自身のそれと混ぜ合わせて彼女の喉奥に押し込む。こくり、と彼女の喉がふたりの唾液を飲み込むのを見届けると、真琴は満足げに笑みを漏らして唇を離した。
「ま、まことせんぱ……」
「うん、はやく欲しいんでしょう? ……でも、もう少し俺を楽しませてよ」
 真琴はそう言うと、江の左胸の先端をぺろりと舐め上げた。
 ひゃあ、とそれすらも食べてしまいたくなるような甘美な声をあげた江に気を良くした真琴はそのまま既に膨らんでいた乳首を咥内に招き入れた。
 唇の内側と舌先を使って嬲るようにこりこりと舐めれば彼女は途端に身体の力を抜いてか細い喘ぎを零す。強めに吸ってちゅぽっと唇を離すと江は涙目で、左胸のやわらかな感触に酔いしれていた右手を彼女の秘所へと自らの手で導いた。
「江ちゃん、そんなにえっちな子だったの? ……悪い子……あ、でも、悪魔だったね。えっちな悪い子でも仕方ないか」
「そ、そんなふうに言わないでください……」
「ん? 俺間違ってないでしょ?」
「でも……ぁあっ!」
 導かれたそこの薄い布の上からくぷりと濡れた穴がある位置を確かめながら指を沈めてみると、江は身を震わせてビクビクと背をのけぞらせた。下着があるから奥までは入らないが、布のざらざらとした感触が入り口に擦れて気持ち良いのかゆらゆらと腰を浮かせて真琴の指を誘っている。
「気持ち良いの? 腰、揺れてるよ」
「ふ、ううっ、んっ、せんぱ、ちゃんと、ぁっ、さわってっ」
「江ちゃん、おねだり上手だね……」
 臍の周りをちゅ、ちゅ、と口づけながら真琴はそう言うと「じゃあご褒美」と甘ったるくこぼしてクロッチを避けながら直接そこに指を這わせた。
「んんん〜っ! あ、まことせんぱいの、ゆび、ふっ」
「あ、江ちゃんのここ、とっても固くなっちゃってるね。ここって、女の子が一番気持ち良いとこだったよね?」
 入り口の少し上のしこった粒を指の腹でやさしく擦ってやると、江は声にならない悲鳴をあげて絶頂を迎えた。可愛い。江ちゃんの知らないところ、全部見たい。真琴はそううわ言のように呟きながら彼女の愛液でびしょびしょに濡れてしまった下着をはぎ取った。
 それからは無我夢中で、彼女の中をひたすら弄り、気持ち良いポイントを探しまくった。良いところに指先が触れる度、江は涙をこぼしながら真琴の名を呼び背をのけぞらせてイッた。昨日までは彼女のこんな姿はただの想像で、でも今は現実で、指先に感じる彼女のナカの感触に真琴は全神経を集中させた。

「はっ、はぁっ、あっ、まこ、せんぱ、も、やだ、やだぁっ! もう挿入れてぇっ、おねが、」
 すすり泣きながら江が、まだナカを弄っていた真琴の腕に縋り付きながら懇願した。最早、彼女を何回イかせたのかわからない。
 彼女の濡れそぼって口をぱくぱくさせているそこから痛い程勃ちあがってしまっている自身に視線を移すと、真琴は息を整えながら頷いた。
「んっ、は、俺も、もう限界」
 真琴は中途半端にずり下がっていた下着とハーフパンツ、ついでにTシャツを脱ぎ捨てた。身体が熱くてたまらなかった。
 鎌首を掴んで、先端で江の入り口を探るように擦り付けると、江の腰もはやくはやくと言うように揺れ動く。くちゅり、と先端がそこに埋まると真琴の背筋にたまらない快感が駆け上った。
「あっ、あ……すご……」
「ふあっ、せんぱ、はやく、奥、もっと……」
「わかってる」
 はっ、と短く息を吐き出し、真琴は快感に耐えながら江の奥深くまで自身を押し進めた。
「ひゃあああっ! あっ、あぅ、きもちい……」
 ナカがうねり、真琴の精を搾り取ろうと蠢く。
 額にかいた汗がぽたぽたと江の胸元に落ちた。
 江は快感に背を反らせながら軽くイッてしまったようだ。
「は、はぁ、江ちゃん……可愛い……」
「あっ、んっ、まことせんぱい、待って、お願い、まだ……」
「ん、ごめ、俺余裕ないみたい」
 最初から余裕なんてないくせに真琴はそう言ってずりずりと腰を揺さぶった。江の細い腰をガッシリと掴んで先ほど指先で見つけた奥の気持ち良いところに当たるよう動くと彼女は泣きながら悦んだ。
 蠢くナカが真琴の形を覚えようときゅうきゅう締め付けてきて、心が満たされる。
「ごう、ごうちゃ、好き、だいすきっ」
「あ、ああっ、だめ、だめだめっ、またイッちゃ……!」
「ああっ、く、ぅっ……」
 溜まりに溜まった欲を全て江のナカに出し切るように数度、ぱんぱんっと腰を動かすと脳内は真っ白に飛んで、真琴は微睡みに落ちて行った。
 眠りに落ちる直前、彼女の声が聞こえた気がしたが、眠気には勝てず真琴は意識を飛ばした。

 ◆

 翌日、すっきりと目覚めた真琴は、昨夜の夢のことを思い出して顔を真っ赤に染めて項垂れた。
 いつから寝ていたのか定かではないが、全部全部夢だったのだ。高校三年生にもなって、恥ずかしい。夢精していないことが何よりも救いだった。
 はぁ、と肩を落としながら真琴はその日を過ごした。水泳部の仲間たちは皆一同真琴の様子に眉尻を垂らしながら心配してくれたが、内容が内容なので言えるはずもなく「寝不足でさ」と誤摩化した。罪悪感は少しあったが、ある意味間違ってないと思う。
 昼は男子メンバーだけでとるようにしているので、江の姿を見ずに済んだ。昨日のこともあり、真琴は彼女に顔を向けられる自信が全くなかった。
 今日の部活、どうしよう。そう思っていた時、たまたま日直だったため、学年主任に仕事を頼まれて部活に行く時間が遅れた。いつもは「面倒だなあ」と心の隅で思うのだが、今日ばかりは感謝する。
 しかしそれも、ゆっくりやったつもりがあっという間に終わってしまい、仕方なく真琴はプールへと足を向けた。男子更衣室に入って着替えながら悶々と昨夜のことを考える。
(あれは絶対に夢、だよな……だって俺、部屋の鍵しめてたし。江ちゃんが悪魔だなんて絶対に有り得ないし)
 あんな可愛い子が……そうだ、やっぱり夢だ。
 疑問で溢れかえる胸の内をなんとか言いくるめて、真琴は更衣室を出ようと扉を開けると、そこから赤い髪が飛び出してきて心臓が口から飛び出しそうになった。
「あ、真琴先輩! もう、遅いじゃないですか〜もう練習メニュー半分終わってますよ!」
「ご、ごめん江ちゃん……」
「大会近いんですから、シャキッとしてくださいよ! 部長!」
 ぷりぷりと頬を膨らませた江は真琴を見合えげる。動揺しているのは真琴だけだ。彼女のなんともない態度を見て、やはり昨日のことは全て夢だったのだと確信し、ほっと胸をなで下ろした。
 男子更衣室に何か用事があったのだろう、江が真琴の横をすり抜けようとした瞬間、彼女は立ち止まって再度真琴を見上げた。

「そういえば真琴先輩。昨日はとっても気持ちよかったです」
「えっ!?」
 彼女の艶のある声にドキリと心臓は跳ね、真琴は慌てて彼女を見下ろすと、昨日女子更衣室で自慰に耽っていた時と、夜に見た妖艶な赤い濡れた瞳がくすりと細められていた。
 ばくばくと心臓が高鳴り、体温が上がる。
「また今夜、待っててくださいね。……夢の中で」

 ――あと、私も先輩のこと大好きです。

 ふふっと語尾にハートをつけたように笑みを漏らしながら江は男子更衣室へと入って行ってしまった。
 真っ赤になって江の背を見届ける真琴は我に返って頭を抱えた。
(ゆ、夢じゃなかった!?)
 真琴は頭を抱えてその場にうずくまると遠くから渚の声が聞こえてきた。
 ああ、今夜も、眠れそうにない。そう悟ったのは彼が眠りに落ちる直前だということは江だけが知る秘密だ。



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