小説 | ナノ
俺の可愛いサンタさん
 生まれて初めて出来た彼女と、初めてのクリスマスがもうすぐやってくる。
 クリスマスと言えば、子供達にとっての大イベントだ。うちには歳の離れた弟と妹がいるから、今から両親が何が欲しいか聞き出しておいて欲しいと頼まれた。俺はもう高校生だから、さすがにサンタの正体を知っているし、サンタさんが来ることもない。少し寂しい気もするが、俺にとって今年のクリスマスは家族での大イベントというより、恋人との大イベントだと考えているから今から少し緊張している。
 江ちゃんとどこへ行こう。イルミネーションは好きだろうか。俺が出せる範囲の良い雰囲気の美味しい食事が食べられるお店も探してみよう。プレゼントはどうしようか。
 好きな女の子と過ごすのも、プレゼントをあげるのも今回が初めてなわけで、俺は十二月に入ってから不安と期待と江ちゃんの笑顔をぐるぐるとかき混ぜる様に悩み続けている。
 それに、なんだか最近江ちゃんの様子がおかしい。
 岩鳶水泳部には屋内プールがないため、冬の間は基本的に筋トレメニューを行っている。たまに鮫柄学園に合同練習をお願いして屋内プールで練習させてもらっているのだが、それも極稀の話だ。
 筋トレメニュー以外はやることがないため、夏の間は毎日あった部活も週三ペースになっている。時間は有り余っているはずだというのに、どうしてか俺と江ちゃんは会う時間が夏の期間よりもめっきり減っていた。
 それもこれも、俺の誘いをことごとく江ちゃんが断るのだ。美しい柳眉を八の字に垂らし、とても申し訳なさそうに丁寧に断られてしまえば俺も追求することが出来ない。彼女の家は片親だし、あまり込み入った話を無理に聞き出すわけにもいかない。
 クリスマスには会う約束を取り付けているし、江ちゃんもとても楽しみにしていると言っていたので俺のことが嫌いになったわけではないのだろう。しかし、一体どうして。
「……真琴、眉間に皺寄ってる」
「だって」
「そんなに気になるのなら直接聞けばいいじゃないか」
「でも、」
 机に額を擦り付けるように突っ伏すとパシリと軽く頭に衝撃が走る。もちろん犯人は隣の席にいるハルだ。
「でもじゃない」
 まるで母親が子を叱りつけるように強めの口調でハルは言う。いつもは逆の立場だというのに、どうも江ちゃんのこととなると俺とハルの立場は逆転してしまうのだ。
「それで、お前はどうなんだ。江へのプレゼントは決めたのか?」
「…………まだ」
「お前、クリスマス、今週末だぞ」
「わかってるよ……でも、何をあげたら喜んでくれるのかわからないんだ」
「……真琴のセミヌード写真集」
「いやいやおかしいだろ!というか、俺があげるのって相当気持ち悪いって!」
 ハルの突拍子もない言葉にガバリと身を起こし突っ込みを入れると、しかめっ面された。本気で言っていたのか。確かに筋肉好きの彼女なら喜びそうだけど。
 はぁ、と一つ溜息を吐く。どうもこうも、もう悩んでいる暇はない。今日は部活がないし、街に行ってお店をまわってみよう。何か良いものが見つかるかもしれない。
 西の空に傾き始めた太陽を視界の隅に入れながら、始業のチャイムを聞いた。



 冬は日が落ちるのが早く、あっという間に茜空と夕日は日本海へと沈んでしまった。
 冷え込んだ指先を温めるため、ポケットに突っ込みながら街を歩く。女の子が好きそうなショップの前につけば止まり、また歩き出したかと思えばまた止まりの繰り返し。未だ俺は江ちゃんへのプレゼントを見つけられずにいた。
 街は今週末のクリスマスに向けて赤と緑の装飾にキラキラ光るイルミネーションに彩られ、街行く人もどこか浮き足立っているように思える。
 店頭でサンタやトナカイの衣装を着込んだ呼び込みの店員さんもいて、街全体がクリスマス一色だ。
 ポケットに突っ込んでいた手に携帯を持ち、そのまま引き抜いてメールチェックをするが、誰からも着信はなく、肩が下がる。
 最近会えないだけではなく、彼女からの連絡も少なくなった。もやもやとした気持ちが胸の辺りを重くし、大きく俺は溜息を吐く。俺、何か悪いことしちゃったかなあ。
「いらっしゃいませー!クリスマスケーキのご予約承っておりまーす!」
 その時、聞き慣れた高く可愛らしい元気な声が鼓膜を揺さぶった。まさか、と爪先に落としていた視線をあげ、声が聞こえた方向へと真っすぐに視線を向ける。
「江ちゃん!?」
「え、ええ!真琴先輩!?嘘、どうしてここに……」
 視線の先、約三メートル先には彼女がいた。赤いベルベットの生地にふわふわとした白いファーがついたそれはいかにもサンタの衣装を着た、愛しい彼女が。
 制服のスカートと変わらない短さの下には滑らかな白い生足が惜しげもなくさらされており、見ているこっちが寒くて仕方ない。
 所謂ミニスカサンタの衣装を身に纏った江ちゃんは、茜色の大きな瞳をこれでもかという程驚きに見開いている。寒さのせいか羞恥のせいかわからないが頬と鼻の頭を真っ赤に染めて。きっと、俺にそんな姿を見られることは予想もしていなかったのだろう反応だ。
「江ちゃん、何してるの?」
「いや、えっと……これは、その……」
 両手を前に突き出し、ひらひらと振ってなんとか言い訳を探そうとしているのか視線を泳がせている彼女におれは早足で近づく。何しているの、と聞いてはみたが大体は予想がついている。正直、なんとも言えない気持ちで胸がいっぱいいっぱいなのが本音だ。
「バイト、だよね?ケーキ屋さん?」
「……はい」
 悪戯を見つかった子供のように江ちゃんはしゅんと項垂れるといつもは背に垂れていた髪がさらりと胸の前に落ちた。
 俺と会わない変わりに彼女はバイトしていた。どうして俺に相談もなしにバイトなんかしていたの。サンタ衣装、似合ってて可愛いな。でも、そんな可愛い姿を俺には見せずに他の人に見せていたのか。
 いろんな感情が一緒くたになってぐるぐるぐるぐると頭と胸をかきまぜる。
 何か、言わなければ。そう思って口を開こうとした時、俯いていた彼女が顔を上げた。
「あの!先輩にプレゼントを買おうと思って!でも、お小遣いじゃちょっと足りなくて……それで……その……」
 俺のため?
 涙目になりながら必死に理由を述べる彼女の姿が甲斐甲斐しくて、凍り付きそうになっていた心がじんわりと熱を持った。
「ごめん、江ちゃんを責めたかったわけじゃないんだ。でも、最近、あまり一緒にいれないし、連絡も少なくなったから……俺、嫌われちゃったのかなって、不安で……」
「ご、誤解です!私が先輩のこと嫌いになるなんてあるわけないじゃないですか!」
 下瞼を縁取っていた涙がぼとりと乾いたアスファルトに零れ落ちた。
 ああ、泣かせてしまった。凛に怒られるかな。どうでも良いことが脳裏に過る。案外こういう時に限って頭は冷静だったりするものだなとまたどうでも良いことを考えてしまう。それぐらい、彼女の言葉がうれしくて、うれしすぎて俺は動けずにいたのだ。
「私、先輩が好きで好きでたまらなくて、先輩と初めてクリスマス過ごすから、失敗とかしたくなくて、」
「ほんとごめん。江ちゃん、もういいから」
 ボロボロと涙をこぼしながら胸の内を告げる江ちゃんを人通りの激しい大通りだということも気にせずに抱き寄せた。布のない首筋辺りに手を回すと、かなり冷たい。相当寒い思いをしながら彼女は長時間ここに立っていたのだろうと実感する。
「ふ、うっ、まことせんぱ、」
「江ちゃん。ありがとう。こんなに寒い思いさせてごめんね。俺も、大好きだよ」
「は、い。……真琴先輩が喜んでくれることを想像したらこんな寒さへっちゃらですよ!へっくち」
「へっちゃら……?」
「へっちゃらで、へっくち!」
「……風邪ひかないようにね」
「……………はい」
 鼻の頭を赤くさせた江ちゃんの頭を撫で、くすくすと笑いながら自身の首に巻かれていたマフラーを彼女の寒そうな首へと巻いてやった。首もとに巻かれたモスグリーンのマフラーを鼻の頭まで埋めた江ちゃんはうれしそうに微笑んだ。
 それから少し話した後、俺は江ちゃんはまだ仕事が残っているからとそこで別れた。そこで、やっと彼女へのプレゼントが決まった。寒そうな彼女を見て、風邪を引かないようにマフラーをプレゼントしよう。あと、帽子からはみ出していた耳たぶも寒そうだったから、ふわふわした耳当てを一緒にプレゼントするのも良いかもしれない。
 当日、彼女の喜ぶ顔を想像しながら、街を歩く。
 真っ暗になった夜空を仰ぐと空から白いものがちらちらと舞い降りて来ている。今年のクリスマスもホワイトクリスマスになりそうだ。
 クリスマスまであと少し。
 彼女にあの可愛らしいサンタの衣装を着てもらおうと思いつき、口元をにやつかせたのは彼女には内緒だ。



140118
支部にて江ちゃんwebアンソロに参加させていただきました。
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