小説 | ナノ
餌に食われる。
 夜の帳が降り、もうだいぶ闇が深まった時刻に私は彼の枕元に現れる。彼の理想の姿で。

「お腹空いた……」
 深紅の長い髪を揺らし、夜の街を彷徨う。
 人々はもうとっくに夢の中なわけだが、私にとってこの時間帯はご飯の時間だ。夢魔として生まれたばかりの私は、未だ食事にありつけていない。本能というのだろうか、生まれたばかりだとしても、私は自分がどうやって『食事』をすれば良いのか不思議なくらい理解している。
 お腹が空いているのは間違いないけれど、まだ食事を体験したことがない。初めての食事だから、餌となる人間を探すのに慎重になってしまうのは仕方ないことだと思う。
 ふよふよと人と人の夢を渡り歩き「ああ、もう駄目かもしれない。私、サキュバスなんて向いてないんだ」なんて泣き出しそうになっていた時だ。とても美味しそうな甘い香りが鼻孔をくすぐった。思わず身震いする。
 花の蜜に誘われた蝶のようにふらふらとその人物の元へと私は最後の力を振り絞って向かう。
 甘くて、いやらしい癖になる香り。目をとろんとさせながらその人物の夢の世界へと降り立つ。
「な、な……!」
 今夜の餌、決定!
 こんな夜更けに叫び出しそうな勢いで私は髪と同じ赤い瞳を輝かせた。
「なんて素敵な大胸筋!」
 その男は疲れきっているのだろう、シャワーを浴びたまま下着ひとつで眠ってしまったのか、素晴らしい肉体美を惜しげもなく晒したまま眠りについていた。
 性欲も強そうだし、甘いマスクも悪くない。なにより、私好みの素敵な筋肉!
 ペロリと舌を出し、乾いた唇を舐めた。
 ギシリ、とベッドによじ上り、彼の体の上へとまたがる。
「ん……だれ……?」
 乗っかられた重みで目を覚ました男は寝ぼけた声で私を下から見上げる。
 体格にそぐわないやさしげな垂れ目はその甘い顔立ちを引き立たせていた。それに加えて、子宮に響くような甘く低い声。背筋にぞくぞくとした快感が走る。なにもかもが私好みだ。
 初めてだというのに、これほどの餌にありつけるなんて、ラッキーとしか思えない。
「こんばんは」
 彼に負けないぐらい甘い声で挨拶をし、にっこりといやらしく微笑む。ハッと夢から覚めたのであろうその男は、頬を薔薇色に染めながら私とは違う緑の瞳を大きく見開いた。澄んだ、綺麗な緑だ。その瞳が熱を孕んで揺らめくことを想像すると喉が鳴る。
「私は江です。今夜、あなたの夢を食べに来ました。あなたのお名前は?」
「……真琴、だけど……え、これ、夢なの?」
 気が動転しているらしい真琴と名乗ったその男はおろおろと身を起こそうとした。起こしかけたその肩を押し、元の仰向けの体勢に戻す。
「現実のようで、夢です、真琴さん」
 彼のは夏甘い香りにうっとりと目を細めながら、自身の体を意識して彼の体に押し付ける。はやく、はやく、彼が欲しくてたまらない。もう、我慢出来ないくらいお腹が空いた。
「ね、私と素敵な夢を見ましょう?」
 美しい筋肉のついた上半身にいやらしく手を這わせれば、私の魔力に酔い始めた真琴さんは熱い吐息を漏らす。
「江ちゃん」
「はい、なんですか?」
 徐々にてを下降させ、私が欲しくてたまらない彼のそれに触れれば、もうすっかりガチガチで臨戦態勢。なかなかイイものを持っている……と思う。初めてだからわからないけれど、子宮が疼いて仕方ない。
「……うっとりしているところ悪いけどさ、」
「へっ?」
 それはもう一瞬のことだった。
 気付けば月明かりに照らされた天井と真琴さんの艶やかな笑みが視界を占めていた。
「俺、君と同族なんだよね」
 瞳の奥にいつの間にか生まれた熱がゆらりと揺れる。想像以上だと思った。むせ返るような甘い香りに頭がお酒に酔っぱらったみたいに朦朧とする。そこでようやく理解した。
 真琴さんも、私と同じ夢魔――インキュバスなのだと。
「おっちょこちょいなんだね。まさか、同族に襲われる日が来るなんて思わなかったよ。俺もお腹空いてたところだし、遠慮なくいただこうかな」
 たっぷりと媚薬を塗りたくるようにねっとりとその甘い声で囁かれてしまえば、もう私は降参するしかなかった。
 彼は私の先輩なのであろう『食事』に慣れているインキュバスだ。私のような生まれて間もないサキュバスとは違う。しかも、相当の手練れであるように見える。
 それにしても、私はなんて抜けているのだろう。真琴さん……彼は先輩だから真琴先輩と呼ぼう、同族の真琴先輩の夢に紛れ込んだ上に襲ってしまうなんて。
「ずっと思ってたけど、江ちゃんはまだまだ若いね。……若くて、未熟で、新鮮な香りがする。同族を食べるなんて、俺は初めてだけど、俺が江ちゃんに『食事』の仕方を教えてあげる」
 そのまま、がぶり、と唇を食べられれば、それはもういただきますの合図だった。
 餌の相手を間違ってしまったけれど、上物だと判断した私の鼻は間違いなかった。だって、絶対この人は癖になってしまうと思う。
 彼の唇から流し込まれた唾液の味を堪能しながら、朦朧とする思考の中そんなことを考えた。食われているのは私だというのに。

131028
-------------------------
CSS8の無配で持っていく予定だったサキュバス江ちゃん&インキュバスまこちゃんです。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -