「おはよ、柳瀬」
「……おはよう、垣本」
 聞こえた声に返事を返しながら、ああこれは夢だとぼんやり思う。だって、これはありえない。
「なに突っ立ってんだ? まだ寝ぼけてんのか?」
「あさは、弱いんだって…」
 目を擦り、ふるふると首を振る。自分の声がやけに掠れていて一瞬動きを止めた。そういえば、やけに体がだるいような気もする。
 首を傾げながら右手の人差し指を下唇にあてる。指の腹でふに、とそこを押しながらソファに座ると近くから溜息が聞こえた。夢のはずなのに感触も聴覚もなにもかもやけにリアルで、少しだけ怖くなった。
「あのさ、柳瀬」
「なに、っさ」
 聞こえてきた声に顔を上げれば、思ったよりも近くに垣本の顔があって、声が跳ねる。心臓に悪い。
「お前って性質悪いよな…」
「…えっと、ごめん。私君にだけはそれを言われたくないかな?」
 にこりと笑ってみれば、喉を鳴らして笑われた。くい、と顎を掴まれる。
「………な、に」
「固まんなよ、つかこの状況じゃ答えは一個だろ?」
 にや、っと笑う垣本にぴくっと体が固まった。頬がじんわりと赤くなって近づいてくるそれを止められない。思わずぎゅっと目を瞑れば、ドアの方からバタバタと駆け足の音がした。
「母さん!」
 バンッと乱暴にあけられたドアの音に目を開けば、見慣れた二人の子供の姿があった。残念、と垣本が笑って顎を掴んでいた手が離れる。
「っ、」
 どくんどくんと心臓がうるさく音を立てて、世界が急速に色と光を失いだした。す、っと垣本が私の耳に唇を寄せる。頬に、手が触れた。
「なぁ、――好きだ」
 それが、ラストだった。音も色も光もなにもかもなくなって、どぷんと体がなにかに浸かったような気がした。


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「……さ、……!!……か…ん………母さん!!」
「―――――ッ!!」
 揺れる。違う。
「……み、やこ…ゆき…や」
「母さん大丈夫?」
「ほらお水。結構うなされてたみたいけど…」
「ん、ありがとう」
 どうやらソファでうたたねをしてしまっていたらしい。小学生にあがったばかりの子供二人が必死に揺さぶって起こしてくれたようで、雪弥が差し出してくれたコップを掴んで体を起こす。こくりこくりとその中の水を飲みながら首筋に手をやる。じわりとかいた汗が気持ち悪い。
「……かき、もとは」
「かきもと?」
「誰それ」
 こてん、と小首をかしげる美夜子ときゅっと眉間に皺を寄せる雪弥に、ああやはりあれは夢だったのだと安堵する。
「……なんでもないよ、ごめんね」
 コト、とコップを机に置いてから二人の子供の髪を撫でる。擽ったそうに目を細める二人の仕草にやっぱり双子だね、と笑った。
 二人へ触れた手が、ほんの少しだけ震えているのには気が付かない振りをした。夢の中で、あいつが触れた場所がじわりと熱をもっていることなんて気のせいだと自分に嘘を吐いた。




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Coopere様へ提出させていただきました。

お題:触れる


2013/1/20 月夜

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