視界が開ける時



天気の良い、蒼穹の元。椅子に腰掛けて微動だにしないクライドと、その背後に立つビリー。クライドの首回りには使い古しの手拭いが巻かれ、大きめのそれは肩まで覆っていた。

「よっ……んー……こっちも……」

独り言零しながら、クライドの周囲を、ビリーの手が彼方此方と動く。手には白銀のハサミがあった。事の前にクライドが完璧に研いでやったので、切れ味に問題はない。あるとすれば操る人間の方か。
時々離れて、両手の親指と人差し指を使って窓を作り、覗き込んでバランスを見る。その度に唸って、作業に戻るのだ。不安を感じない方が無理な話。

「おい。大丈夫だろうな?」
「ん? へーきへーき。ハゲてねーし、剃ってもねーよ」

ふざけるな、と振り返りたくもなるが、その前にビリーが髪を一房摘みハサミを入れるので、クライドは大人しくするしかない。


きっかけは昨日、一仕事終えて、稼いだギルを勘定していた時だった。何度も前髪を後ろへ流す仕草をするクライドに気づいたビリーが「伸びてんな〜」と漏らした。

「なんか邪魔そうだな。あ、バンダナする?」
「しねぇよ」
「だよな。今時ペアルックなんてモンしたってウケねぇや」

とか言いながら、替えのバンダナを取り出して、クライドの額に巻きつける。前髪が上がるよう幅広にして巻いた所為で、眉も隠れた。

「うわ、とんでもねぇ通り魔連続殺人鬼ってカンジ」
「あ?」

勝手に人様使ってやがるというのに、なんという比喩か。勘定を終え、大した金額を稼げなかった事実を知り、不機嫌になりかけていたクライドの気を更に損ねるには十分だった。
ビリーの手を払いのけて、懐から折りたたみナイフを取り出すクライド。「あなオタスケを!」と挙動するビリーを尻目に、クライドは自身の前髪を引っ掴むとそこに刃を

「やめろー!!」
「うるせぇ鬱陶しい」
「え、オレが鬱陶しいの!? いや違ぇだろ!! わかった、明日オレが切ってやるよ!!」

クライドの手からナイフを取り上げると、ビリーは鞄の奥底からハサミを取り出した。それも理髪用の。なんでも昔「いただいた」らしい。たまに自分の髪を切ってて、慣れてるから大丈夫だ。などと自信満々に述べるビリーだったが、クライドは顔を顰めていた。だが今の髪の長さは生活に支障を来すレベルであるので、「明日晴れたらな」と適当な相槌を打って場を終わらせた。
そして今日は快晴である。

「っし。でーきた!」

ビリーはそう言って、手拭いをクライドの首から解いて、切って落ちた髪の毛を地面に落とした。事前に宿から借りてた手鏡をクライドに貸してやり、確認させる。
思った以上に自然な仕上がりで、クライドは口にこそ出さなかったが感心した。鍵開けやらで手先の器用さは知っていたが、ここでもその能力が発揮されるとは思っていなかったからである。

「まあまあだな」
「ん。オーケー」

素直に褒めるのが苦手な相棒の性格をよく知るビリーはその言葉で満足し、バサバサと手拭いから髪の毛を払っていた。

「あー……オレも切った方が良いかな?」

バンダナしても上がりきらない髪が垂れて、最近視界にチラつく。ビリーは髪を撫でてボヤいた。
と、クライドは立ち上がり、ビリーの手から手拭いとハサミを引ったくると、半ば強制的にビリーを椅子に座らせた。
素直に礼が言えなくて、しかもそのお返しがしたい気持ちも言えない相棒。ビリーはそれをよく知っている。バンダナと眼帯を外して、ビリーは言った。

「嬉しいねぇ。切ってもらうなんて久しぶりだ」
「初めてだがな」
「……お手柔らかにオネガイシャス」


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