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無意識ポーカーフェイス
名無しは場の盛り上がりと反して憂鬱としていた。ルーレット、スロット、カードやダイスに興じる幼馴染(女)の背中に冷めた視線を送り続けているが、全く微塵も彼には伝わっていない。壁に背中を預けて、何度目かわからない溜息。
彼女が昔から相手の意を汲む事が苦手なのは知っている。そして自分はそれに付き合わされる、というか、流されやすい性分だった。
「なんで断れないんだろ……」
溜息と共に出された呟きは、近くを通りかかった銀髪の男に届いた。
「なんだ、来たくなかったって顔だな?」
「セッツァー……」
このカジノ兼飛空艇ブラックジャック号の所有者であり、月一でオペラ座近くでパーティ……という名の賭博会を開く張本人・セッツァー。初めてカジノへ連れて行かれた半年前、ちょっと挨拶をした時からセッツァーは軽く声掛けしてくれるようになった。
セッツァーは片眉を上げて名無しの台詞を咎めたが、口元は笑っていた。怒ってはいないとわかっても、「ごめんなさい」と謝っておく。
「今日もお客さん、多いね。『セールストーク』は終わったの?」
「あー終わった終わった。敢えていうなら、お前さんが最後だ」
近くに居たスタッフからカクテルを受け取り、ホレ、とセッツァーは名無しに差し出す。アルコールに弱い名無しが美味と絶賛する、このカジノオリジナルのカクテルだ。繊細な脚部分を摘み持ち、口にするとフルーツ系の甘い液体が名無しを笑顔にした。
美味しい……月一でしか味わえない。この為に来たと思っても良いぐらいに美味なのだ。
「セッツァー、いつもありがとう。美味しい」
「そうか? ま。鮮度だけは良いからな」
「鮮度?」
「おう」
自分のグラスに入った赤ワインを一口飲むと、したり顔でセッツァーは言った。
「名無しの為に仕入れた果物で、名無しの為にこの俺が作ってるんだからな」
「え……? ええ??」
名無しは目を丸くして、手元のカクテルとセッツァーを何度も見る。視線の往復をする毎に、セッツァーの顔は悪戯小僧よろしく、最後には肩を震わせる程に笑った。
「いやー大変だったぜ? たまたまあった果物で適当に作ったのを最初飲ませたから、再現するのが、もうなぁ! 何杯それを飲んだかわからねぇや!」
「そんなっ、そこまで……どうして?」
「最初は……そうだな。気に食わねぇ女だと思ったよ」
至極真面目な顔で話し出す。
「このブラックジャック号でシケたツラさせるなんざ、この俺が許さねぇ。何が何でも笑わせてやるって思った。そしてその手を見つけた。俺の勝ちだと思ったが……狡いな。そんなカードを持ってたなんて」
「え、なに? 私、何も持ってないよ」
「気づいてないのか? 上等、上等。そうでなくちゃ面白くねぇ!」
新しい玩具を手に入れた子供のように、セッツァーは心の底から期待を込めた笑顔をする。
いつもそう。いつも彼は楽しそうに笑って、名無しに接してくれて居た。羨ましいと思う。いつも、そんな笑顔を見せる彼が。
「セッツァー、私、」
「おっと名無し! そこから先はまだダメだぜ!」
セッツァーの人差し指が唇に触れる。そこで名無しも、少し意地の悪い笑みを浮かべた。
わかった。心底惚れさせたなら、その時、言ってあげる。
だからセッツァーも、最後までそのカードはとっておいてね?
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