DREAM(Short) | ナノ



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What Your Name?


名無しはサウスフィガロで肉屋を営む家の娘だ。何代か続く店で贔屓にしてくれる客も多く、いつも忙しく商売に勤しんでいた。しかしそれに両親は感けて、名無しに構ってやる時間は少なかった。更に兄が居たので、力仕事の商売には重宝したものだから、殊更娘の名無しは後回しだった。
しかし、それを仕方ないと、寧ろ有り難いと思うようになったのは、ある出来事からだった。
10にも満たない歳の頃、香辛料を買おうといつものように市場に出掛けた時、同じ背丈ぐらいの子供が帽子を目深に被って道の真ん中に突っ立って居た。勿論、人混みに揉まれて、時々「邪魔だ坊主!」とチョコボ車に道を譲る始末である。

「危ないよ、こっちにおいで!」

ぐいっと細い腕を引いて、道の端に移動させる。正面に立って、ようやく男の子だとわかった。男の子は汗だくで、肩で息をして顔を真っ赤にさせていた。まるで全力疾走をした直後のようである。

「どうしたの? すっごい汗だね!」

名無しは持っていた手拭いで男の子の額や頬に流れる汗を拭いてやった。男の子は両手を弄りながら 、「ありがとう……」と小声で言った。
意を決したように、男の子は名無しを見た。名無しは海を見た事が無いが、きっとこんな色だろうと思うような色だった。

「あのっ、ブレスレットを買えるお店、教えて!」
「ブレスレット? わざわざ買うの?」
「え……え??」
「アクセサリーの店に行けば売ってるけど、でも、作った方が好きなのができていいと思うな」

そう言って、ちょうど両手首に付けていた革で編んだミサンガと、布地に刺繍したリストバンドを見せた。一人の時間が多いため、名無しはこういった物を作るのが趣味となっていた。
男の子は名無しの手を掴み、食い入るように見つめると、

「すごい……作れるんだ……うそみたいだ……」

信じられないという風にそう呟くものだから、名無しは男の子を連れて家に戻った。家が店なものだから、親は接客をしていて娘の名無しが帰宅しても気づかなかったので、男の子を連れている事にも何も言わない。狭い階段を上がり、ベッド一つで部屋の半分が無くなる自室に入る。
男の子は何やら顔をまた赤くしていたが、名無しは気にしなかった。ベッドの下に仕舞っている箱を引きずり出すと、中身をベッドの上に広げる。過去に作ったブレスレットやネックレス、その他アクセサリーが諸々。一つ一つを検分するように見る男の子がおかしくて、名無しは簡単なミサンガを一つ、その場で編んで見せてやった。15分もしないで男の子の細い手首に群青と山吹の色で出来たそれが付けられた。

「すごい! すごいよ! ねぇ、もう一つ作ってくれない? ギル払うから!」
「え、作るのはいいけど、ギルなんていらないよ。大した事ないもん」
「ダメだよ!」

男の子は真面目な顔で言った。

「すっごい事なんだよ? 君が今まで頑張った証じゃないか! ……そういうの、僕には無いから、うらやましいなぁ」
「……」

名無しは黙って、同じミサンガを編んであげた。男の子がギルを入れているらしい上質な革製の巾着を取り出したので、やんわりとその手を掴んだ。

「私、一人でいる事が多いから、こういうのが得意になったの。あんまり嬉しくなかったの。……でも、あなたがそう言ってくれて、私、気付いたの」
「なにを?」
「ムダじゃ無かったんだって。一人の時間が。ありがとう」

微笑んで、ふと名無しは名乗っていなかった事に気づいた。

「私は名無し! あなたは?」
「僕は、……ごめん。教えられない」
「そう……変なの。でも、ありがとうね! 私、本当に嬉しいの! あなたもきっと、私がうらやましく思うものがあるのよ。気づいて無いだけで。だから、えっと、大丈夫! これから、これから!」

そう言うと、男の子は海色の瞳を細めて笑った。
後はまた市場に戻って、互いに手を振って別れた。以来、その男の子と会っていない。
しかし、それから名無しはより一層、直接手伝えなくとも、家の事は自分で一手に引き受けるようになった。「手のかからない子で助かるわぁ」と母親が客に話すのを、いつも寂しい思いで聞いていたが、今では少し誇らしく思えるようになった。
あれから10年も経ったが、思い出は色褪せずにいる。今では家族が配達に出ている間の店番もするようになった。

「あ、バルガスさん! いつもの用意出来てますよ!」

コルツ山で修行するバルガスとその父ダンカンは昔からの付き合いで、山籠りに必要な食料はいつもここで揃えていく。そろそろ頃合いだと、名無しは準備していた。

「おう、名無し。次からはコイツが取りに来るからヨロシクな」
「へぇ! つまり弟弟子、です、か…?」

尻すぼみするのは、あまりにも似ていたから。あの時の男の子に。
覚えていたのが嬉しかったのか、彼は海色の瞳を細めた。

「名無し、久しぶり。マッシュだ。……やっと名乗れた」





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