秘書室の二人組




龍南は山積みされた書類を一枚一枚に目を通し、判子を押したり、出された提案書に意見を書いたりと、そんな作業を繰り返す。

しかし、一時間も書類を眺めていると流石に目が疲れる。持っていたペンを置き、眼鏡を外して眉間を揉んだ。肩もかなり凝っているようで地味に痛い。


「おい、真田」


急に名を呼ばれ何事かとその顔を上げれば、ディスクの上に飴やらクッキーなどの菓子が入った小さな袋が置かれていた。


「それでも食って少し休め」


目を丸くして動かない龍南にそう言ったのは同じ秘書室の芳延だ。

どういう風の吹き回しなのだろうか。
龍南と芳延は凄く仲が悪いという訳でもないが、仲が良いとも言えない間柄である。

挨拶程度の会話や仕事関連の話ならするが、それ以外で話した事はあまりない。派閥が違う事もあり、龍南は自然と距離を置いていた。

芳延も同じ考えのようで進んで話し掛けてくる事はなかった。

未だに芳延の行動が理解出来なくて固まる龍南に背を向け、彼は何事もなかったかのように自分の席へ戻ろうとしたので慌てて引き止めた。


「待て、牛鬼…これは一体」

「見れば菓子だと分かるだろう」

「いや、それぐらいは分かるが…」


『何のつもりなのか』と訊ねようとするが、人の好意を無碍にするような質問をするのは如何だろうかと考え直し、龍南は言葉を濁す。

そんな彼の心境を察したのか、芳延は躯を向き直した。


「特に意味はないんだがな」

「あ、ああ…そうか」

「……言うなれば、最近お前は無理をし過ぎている」


そう言われてみれば確かにそうかもしれない。最近は会議やら出張やら立て込んでいて、必要な書類を作成等している内に日付を跨いでいたり、徹夜する日もあったなと龍南は思った。

芳延に指摘されて、ようやく蓄積された疲労に気付いた彼は何だか急に身体が重くなったような気がした。

病気は気からと言うが、疲労も気持ちの持ちようで感じないものなのか。なんて事を考えながら龍南は持っていた眼鏡を置く。


「よく見ているな、牛鬼」


感心したように呟くと芳延は大した事ではないと言って顔を反らす。

龍南は袋から綺麗に包装された飴玉をひとつ取り出して、口に入れた。

舌で転がしていると次第に仄かな甘さが口の中に広がった。シンプルな甘さだったが疲れた躯には、これぐらいが丁度良い。


「美味い」

「そうか」

「この味が一番、好きだな」

「……そうか」


口の中で飴玉を転がしつつ龍南は市販にしては、やたら丁寧に包装された飴玉やまだ香ばしい匂いのするクッキーを見て、ある事に気付く。


「牛鬼。もしかして、お前の手作りなのか?」

「なっ…何を、」


エクヒロ商事随一のポーカーフェイスとも謳われる芳延が顔を真っ赤にしている所を見ると、どうやらそうらしい。

反論しようとするが言葉が出ない芳延は金魚のように口をぱくぱくさせていたが、微笑む龍南を見て観念したように溜息をついた。


「…ああ、そうだ。俺の手作りだとも」

「どうりで美味い訳だ」

「……くさい台詞を」

「いや、本当に美味いぞ。こんな手作りの菓子を貰った事がないから嬉しいんだかな」

「そういう台詞は好きな女に言ってやれ」


純粋に喜ぶ龍南の姿を見て、芳延は気紛れではあったものの菓子を作ってみて良かったと思う。

仏頂面だと有名な彼でも、こんな顔をするのか。
龍南がどうやって作るのか、この飴は何という飴なのかと熱心に訊ねてくるものだから思わず笑ってしまった。


「また気が向いたら作ってやろう」

「ああ。あと図々しい頼みだが、飴玉の大きさを少し小さめに頼む」

「何故?」

「……いや、この飴玉は美味いんだが、少し大きい」

「なんだ、意外と口が小さいのか」

「いや、牛鬼が大きいんじゃないのか?」


そう言って社内では専ら怖いと有名な秘書室の二人は口角を歪めて心底愉快そうに笑った。


「そう言えば、まだ礼を言ってなかったな。有難う」

「礼には及ばん」








なんかフラグ立ちそうな話ダナー








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