物足りなくて、もどかしい
久々に電車に乗ったのは間違いだった。すでに梅雨いりしたこの時期、電車が混むのは当たり前。満員電車の中は密集していて身動きがとれず降りるはずの駅も通り過ぎ、更にまた次の駅も通り過ぎてしまった。


「(どうするかな…)」


電車の外すら確認出来ず、自分が今どこにいるのかすらもわからない。でもまあ、とりあえず乗っていれば一周するはずだ。仕方なく、そのまま乗り続ける事にした。


ガタン


電車が不意に大きく揺れる。踏ん張る事が出来なくて、目の前の乗客の背中に思いっきりぶつかった。


「す、すみません…っ」


体勢を整えようとぶつかった乗客から離れようとする。だけど密集した電車ではそれが出来ず、そのまま背中に密着したまま。


「(我慢だ我慢…)」


次の駅までの辛抱だと言い聞かせ、暫しそのままの状態を保つ。ようやく駅に着くと、やっとその乗客から離れる事が出来た。


「す、すみませんでした…」


そう言うと、その乗客はくるりとこちらに向き直る。


「いや、こちらこそ……って、」


何かに気付いたらしいその乗客は声を漏らす。不思議に思って顔を見上げると、声を漏らした理由がわかって自分も同じように声を漏らす。


「え、な…何で、え?」


その乗客はまさかのギャモンだったのだ。


「いや、お前こそ…何やってんだよ」
「何って、見てわかんだろ電車乗ってんだよ…ってわ、」


駅で新たに乗ってきた乗客に背中を押される。バランスを崩してそのままギャモンの正面にぶつかって、押し付けられた。


「おま、…っ」


一瞬驚いたかのように声を上げるギャモンだが、再びガタン、と電車が動き出すとなぜかオレを抱きしめるみたいに背中に片腕を回してきた。もう片方の腕はつり革を持ったままで。


「ちょ、何やって…!?」
「また人にぶつかんぞ」


それでもいいのか、そう言われて言葉に詰まる。


「嫌だろ?」
「そ、それは…」
「なら大人しくしとけ」


そして何事も無かったかのようにこいつはこのままの状態を維持した。
…なんだこれ、すごく緊張する。いや緊張っていうか、抱きしめられてるってだけでも結構心臓の音がヤバい。そんな思いしてんのが自分だけだと思うとなんだか悔しくて、だけどギャモンの胸元に耳をすませたらこいつの心臓の音も結構速くてびっくりした。途端に身体が熱くなる。


「(…アホギャモン)」


心の中で呟いて、こいつの服の裾を掴む。そのまま胸元に顔を押し付けた。
ガタンガタンと、電車が揺れる。だけど心臓の音だけが、妙に頭に響いていた。


「…つーか、何でこんなとこにいんだよ」
「え?」
「降りんのもっと手前だったろ」


お前こそ何でいんだよ、と逆に聞く。そしたら今日は雨が降っているから、バイクじゃなく電車に乗れとミハルちゃんに言われたからだと。ふーん、と相槌を打って、オレも正直に答える。


「…降りれなかったんだよ」
「あァ?」
「っだから、人に押されて…」
「は、間抜けだな」
「うっせ」


ギャモンはそう言って笑う。だけどいつもみたいな笑いじゃなくて、なんていうか…苦笑みたいな。
…ちょっとだけ、ドキリとした。


「あー、だからこのまま一周するつもりだったのか」
「…悪いか」
「悪かねぇよ、でも…なあ?」


こいつの言葉の意図がわからない。顔を見上げて首を傾げると、ギャモンは口角を上げながら口を開く。


「電車は…危険だらけだぜ?」
「危険?」


危険て、何が。だけどそう言う前に、オレを抱きしめていたギャモンの腕が下の方に移動して。


「な、…っ」


尻を撫でられた。


「え、ちょ、ギャモン、何して…っ」
「静かにしてろ」


静かに、て言われても。尻撫でられてるのにそんな、黙って撫でられてろってか。
そうこうしながらも、ギャモンはオレの尻を撫で回す。指先でなぞられると、背筋がぞくりと粟立った。


「…っ」


ぎゅ、とギャモンの服を握りしめる。まわりに気づかれるんじゃないか、そんな不安が過った。
だけどすぐに次の駅に着いたらしく、慌ただしく人が降りていく。そしたらギャモンはオレの身体ごと、空いた壁際のスペースに移動した。途端に出入口からは新たに人が乗ってくる。また満員電車だ。だけど今は、壁とギャモンに挟まれているから人にぶつかる心配はないだろう。心配があるとすれば、目の前のこいつの事だ。満員電車の乗客に押されて、ギャモンの身体が密着してくる。見下ろされると、まるでこいつに壁際に迫られているみたいで緊張する。


「…ギャモン?」
「もうちょいの辛抱だからよ、」


我慢しろ、って。そう言って背中を撫でるこいつの腕は、まるで壊れ物でも扱うかのように酷く優しい。何でそんなに優しくすんだよって困惑したけれど、だけど同時に安心して。


「…ん」


頷いて胸元に顔を埋めて、背中に腕を回した。










「…じゃあ、また明日な」


ようやく電車を降りたあと、ギャモンにそう言って別れを促す。だけど、


「…ちょっと待て」


腕を掴まれて、足止めをくらった。


「あんまし、ああいうところで一人になんなよ」


マジで危ねえから、と。そう言うギャモンは少し不機嫌そうだった。掴まれた腕が痛い。


「気をつけとけ」


オレの腕を掴んだ手とは逆の手で、頬に手を添えられる。それから顎を掴まれて、唇を親指でなぞられて。


「…じゃあな」


スッ、と離れる手に。


「…カイト」


少しだけ、寂しさを感じた。










物足りなくて、もどかしい










「(…熱い、)」


あいつに触れられた部分が、酷く熱を持って。
ちょっとだけ、切なくなった。



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