怖がり
休日の午後。ノノハにいいところに連れてってあげるって言われて、待ち合わせ場所に行ったらギャモンしかいなかった。


「…なんで?」
「そりゃこっちのセリフだ」


わけがわからないのはこいつも同じようで。とりあえずオレはノノハに電話をかける事にした。


『ごめん急に用事が出来ちゃって』
「はあ!?他のみんなは?」
『以下同文』
「おぃぃぃぃ!!てか何でギャモンしかいないんだよ!!」
『用事がなかったんでしょ』
「んなっ…」


誘ったのはノノハなのに…あいつ、はかったな。


「…わざとか」
『さっすがカイト!!いい加減焦れったいんだもん二人とも』
「だからって、だからって…!!」
『ごめんごめん。という事で、今から二人には私が言った場所に行ってもらいます』


オレの気持ちを知ってるからって、ノノハの奴余計な事しやがって…。ギリリと携帯を握りしめるオレの後ろで、問題のギャモンは首を傾げている。チラリと一瞥すると、目が合った。


「カイト、ノノハ何て言ってんだ?」
「…今から言うとこ行けって」
「他の奴らは?」
「用事」


ああ、何だ、この無駄な緊張感は。今からこいつと過ごすんだと思うと、なんていうか…うん。


「…ギャモンのバーカ」
「はあ?」


とりあえず気を紛らわす為にそう言って、ノノハの言う場所に行く事にする。まあ、行きたくないなら別に帰ればいいんだけど…それをしないのは、オレも満更じゃないからで。携帯でノノハの案内を聞きながら、オレとギャモンはその場所へと向かった。










ノノハにいいところに連れてってあげると言われ。待ち合わせ場所に行くとノノハの姿どころか他の奴らの姿はなく、そのかわりにカイトがただ一人そこにいた。どうやらこいつもわけがわからないらしく、ノノハに電話をしながら色々とわめいている様子からそれがわかる。そしてチラリと振り返って目が合うと、カイトは不機嫌そうに「ノノハが言う場所に行けって」と呟いたのが先ほどの事で。


「(これじゃデートじゃねぇか…)」


前を歩く小さい背中を見つめながらそんな事を思う俺はこいつに惚れている事を自覚しているわけで。妙な気が起きなきゃいいな、と思いながら頭を掻いた。
そんな最中、急に歩みを止めるカイト。


「ん?どうした?」
「…ギャモン」
「?」
「ここ…」


目の前を指差すカイトのその先に目を向けると、そこにあったのは古い建物というかそう見せてるというか…見るからに怪しげな雰囲気が漂う、世にいうお化け屋敷だった。


「…ここに入れってか?」
「うん……しかも実はチケットもらってた…」
「はあっ!!?じゃあここに来る事何でわからなかったんだよ!?」
「だ、だって映画のチケットだと思って…」


ひきつった笑いを浮かべながら、カイトは冷や汗を流す。…こいつ、乗り気じゃないどころか怯えてやがる。


「し、しかもここ…」
「あ?」
「で、出るって…!!」


今にもパニック状態に…いや、すでにパニック状態のこいつは携帯越しに無理を連呼する。しかし途端にそれが止んで、みるみるうちに顔が青ざめていく。


「カイト?」
「…とりあえず行こう、ギャモン」


ノノハに何を言われたのか知らねぇが、急変しすぎだ。気になるが、聞く事は我慢する。


「うぅ…」


入る前から泣きそうなカイトはお化け屋敷のスタッフにチケットを渡す。そんな様子を見ながらスタッフが頬を赤らめていたので、とりあえずそいつを睨み付けてやった。すると慌てて何かの鍵を渡された。どうやらこれを使って先に進むらしい。
しかしいざ入るぞ、という暗幕をくぐる手前で。


「…お前マジで大丈夫かよ?」


そう言いたくなるくらい、俺の背中にへばりついているカイト。


「だ、大丈夫…っ」


…見るからに大丈夫そうには見えないが。とりあえず、カイトをしがみつかせたまま俺は暗幕をくぐった。
くぐった途端に、身体全身に伝わる生暖かい風。真っ暗じゃなく、妙に淡い光が余計に怖さを醸し出している。なんつーか…これは俺も正直マジで怖いんだが。これマジで人間が作ったのかよ、って思うくらい。
だけど怖がってる場合じゃない。俺の後ろには、もはや完全にオレに抱きつくカイトがいるんだから。


「…おいカイト、歩けねぇ」
「だって…っ」
「おら、一回離せ。で、代わりに腕掴んどけ」


とりあえず腰から左腕にカイトを移動させる。どうやら移動の際すらも手だけは離したくないようで、物凄く密着したままでの移動だった。
…で、左腕に移動させたはいいが。


「(胸が当たる…)」


それはもうもろに。かたちが分かるくらいくっきりはっきりと。


「(まあ、気は紛れていいかもしんねぇ…)」


とりあえずまだ入り口付近なので、進む事にする。


「ギャモン…」
「あ?」
「手ぇ…っ」


カイトがそう言ったから。俺はカイトの右手に、自分の指を絡ませる。…世にいう恋人繋ぎってやつだ。


「…大丈夫か」
「…大丈夫」


さっきよりも落ち着いた様子で呟くカイト。それに少し安堵しながら、ようやく歩みを進めた。










とりあえず、どこまで歩いたのかわからない。オレはギャモンの腕にしがみついて、歩みを進めるギャモンに頼りきって歩いているから。だけど握った手が熱くて、それを思うだけで心臓がどきどきして怖さもやわらぐ。


「(…熱ぃ)」


ギャモンの体温が伝わってくるみたいで、それがとても心地いい。だけど場所が場所。やっぱり怖くて更に強くしがみつくと、そのたびにギャモンの指がぴくりと動いた。


「…ギャモン」
「ん?」
「ありがとな…」
「…おう」


些細な会話にすごく安心する。やっぱりこいつと来てよかったな…と思ったのもつかの間。突如叫び声と共に飛び出してきた、ゾンビっぽい人形。


「ひ、ひぎゃああああ!!!!」


到底女子の発する声とは思えない声で叫ぶオレ。目の前が真っ白になった。怖い、怖すぎる…と、そこでふと離れたギャモンの腕。


「え…?」


何で、と思うのと同時に、だけど代わりに身体全身を抱きしめられて。その間にゾンビの人形も元の位置に引っ込んだ。


「なんつー声出してやがんだ…」


耳元で囁かれた低い声に、ぞわりと背筋が粟立つ。それは怖いからじゃなくて、驚いたからでもなくて。


「……っ」


ただ単に、囁いたのがギャモンだからだ。こいつじゃなかったら、多分オレはこんな風にはならない。
ギャモンの背中に腕を回して、ぎゅうっと抱きしめ返す。


「カイト…?」


とりあえず、今回はノノハに感謝しよう。


「ギャモン、オレ…っ、」


聞こえないくらい小さな声で、呟いた。










「何、だって…?」


とっさにカイトを抱きしめた俺は、予想外にも抱きしめ返してきたこいつの言葉に耳を疑った。


「カイト…もっかい、言ってくれねぇか?」
「……っだ、から…、」


……………好き。


…やっぱり耳を疑う。好きって、要するにそのまんまの意味だろ?こいつが、俺を、好きだなんて。嬉しい、けど。信じらんねぇ…。


「…マジか」
「…マジだよ」
「百歩譲って?」
「百歩譲って」
「パズルよりもか?」
「いや、パズルは別」


そこは肯定しろよ、とは思うが。だけどそれよりも嬉しさの方が上回って、カイトを更に強く抱きしめる。


「…俺も好きだぜ?」
「…ほんとか?」
「おう、ほんとだ」


頭を撫でてやりながらそう言うと、そっかぁ、と嬉しそうな声がする。


「ギャモン、好き」
「おう、俺も好きだ…だけどな、」
「?」
「とりあえず、ここ出るぞ…」


いつまでもこうしていたいがそうはいかない。ここじゃムードもクソもねぇ。それに。


「カイト」
「ん?っん…、」


もっとちゃんと、こいつの顔を拝みたいしな。
とりあえず今日は、ノノハに感謝しよう。



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