恋をわずらう
気が付けばそれが初恋だった。人生で最初の、出逢った当初の自分には全く予想も出来ない事に酷く驚いたけれど。でも確かに、ぼくは芥川に恋をしているのだ。だってこんなにも鼓動が速くなる、だってこんなにも胸が痛い。芥川の事を考えるだけでこんな調子になるのに、隣にいるなら尚更どうにも出来ないくらいに任務に集中出来なくなるのだ。これじゃ駄目だ、自分でも解ってる。

「(だったら潔く告白して、すっきりしちゃえばいいんだよ…)」

そしたらこんな、任務に支障が出る様な事も無くなる筈だから。…返事を貰わずに『好き』を伝えるだけだったら、このまま芥川に恋をし続けられるかな。だってほら、もし振られたら気まずいのと悲しさで任務どころじゃないだろうし。逆に奇跡が起こって付き合えたとしても、浮かれ過ぎてやっぱり任務どころじゃないだろうし。だから想いを伝えるだけなら、一方的な好意なら大丈夫なんじゃないかな、って。

「(とはいえ、告白は告白だから緊張するなあ…)」

今が絶好の好機だと云わんばかりに二人きりだし、夜道だし任務帰りだし。云い逃げしちゃえば落ち着くまでの時間も稼げるから。先を歩く背中を見詰めてもやもやとした気持ちを誤魔化す事も忘れてつい、唸ってしまう。あ、と声を漏らすより先に芥川は振り返っていて、じっとぼくの顔を怪訝そうに凝視する。

「なんだ」
「え、あー…別に、その…」

歯切れの悪い言葉に苛立ちを露わにする芥川。目が泳ぐ、そんなぼくの目前まであろう事かそいつは歩いて来るものだから。何時もぼくが唸っても何してても気にしない癖に何で今日に限って、なんて思っているうちに体温は勝手に上昇するし顔はみるみるうちに熱くなる。暗闇だから、見えてないだろうけど。いや、暗闇は尚更駄目な気がする。

「…なんだ」

云ってみろ、そう云われている気がして。ぼくの言葉を待つみたいな声音に今更引ける事も出来なくて。二人きりの、夜道で、…路地裏で。色々火照ったこんな状態で、告白なんて正気を保ったまま出来る筈が無い。顔を上げれば芥川が近すぎて目が合わせられないし、声も出ない。心臓の鼓動が大きすぎて耳にずっと響いているし頭もくらくらしてくるしで何が告白だ、って泣きそうになる。返事は要らない、ただ好きでいさせて。今更ながら何て厚かましいんだろう。ぼくの好意なんて鬱陶しいだけなのに。そもそも嫌われているのに告白、なんて。…嗚呼、やっぱり、駄目だ。

「…云えぬなら善い」
「ぇ、」

離れてしまう、芥川が。こんなに近くまで来てくれたのに。今云えなかったら、伝えなかったらずっと苦しいままなのは自分なのに。解ってるだろ、なあ。これ以上迷惑掛けられないだろ。

「っ…芥川!」

踵を返したその背中に縋るように、額を擦り付けて引き留める。嗚呼、五月蝿い、五月蝿い。心臓の音が、いっそこいつに伝わってしまえばいいのに。堪らなく愛しい、もう引き下がれない。どうかこのまま聞いて欲しい。

「す、き…好き、です」

外套を強く、強く握り締める。こんなにも好きなのに、返事は要らないって、云わなくちゃいけないのに。怖い、芥川の言葉を聞くのが。振られるのが、嫌なのに。泣くな…まだ、泣くなよ。くだらないって云われる前に、返事なんかしないで。

「…ん、知っている」

強く握り締めた手が緩むのを見計らって芥川がぼくに向き直る。呆気にとられながら芥川を見上げると、そのまま抱き締められた。状況が理解出来なくて、困惑して、それでも心臓の音は鳴り止まなくて。直接鼓動が伝わるくらいに密着した体に、ぼくを抱き締める芥川の心音も少し速くなっているのに気付く。ぼくよりずっと、静かな音だったけれど。

「落ち着いたか」
「落ち、着ける訳ないだろ…」
「なら泣き止め」
「だって勝手に出てくるんだよ…」

募った想いが溢れ出してくるみたいに、止めどなく流れ出る涙を芥川が拭う。優しい手付きが信じられなくてまた泣けば、呆れたように目尻に唇を寄せた。

「うぅ、ちょっ…」
「嫌か」
「嫌じゃないからやなんだよ」

心臓がもたないから。なんて云えば芥川は小さく笑う。なんで、なんでお前、そんなに優しいんだよ!

「愛いな」
「へ?」
「僕も好いている」

くつくつと、芥川が笑う。お前そんな顔も出来たんだな、なんて。思っているうちに近付く互いの顔に、額が合わさる。芥川の顔が近過ぎて、目を合わせられない。思わず目をぎゅっと瞑れば頬に冷えた手が添えられる。

「…敦」

なんだか名前を呼ばれたような気がして。それからゆっくりと、目を開く。想像よりずっと穏やかな芥川の表情は、多分今まで見た事の無いもの。ぼくだけを見つめて、ぼくだけを映す瞳。目眩がしそうなくらいに熱いぼくの頬に触れる手は、それを冷ますかの如く冷たくて。けれども親指が唇に触れたのと同時に、咄嗟に出たぼくの手は芥川の口を塞いだ。

「まって、ちょっと待ってほんとにまって…っ」
「何故」
「なにゆえじゃなくてあの、心の準備が…」

多分急展開に思考が追い付いていない、じわりと目尻に涙が浮かぶと流石に芥川の動きも止まる。近付いた顔が離れて、それからまた抱き締められた。

「落ち着け」
「ばか、逆効果なんだよ…」
「ならどうすれば善い」
「うぅ…もう取り敢えず、暫くそのままでいてよ」

落ち着くまで、って。こいつはもしかしたら抱き締めればぼくが落ち着くものだと勘違いしてるのかもしれない。逆効果だし心臓は五月蝿いし、でも人肌は心地良いけれど。ぼくを抱き締めながら髪を弄る芥川の仕草はまるで恋人のようだし、嗚呼、これからどうしようかなあ、考えれば考えるほど今の状況は予想外だ。

「…芥川」
「なんだ」
「手、繋いで…欲しい」

ねえ芥川、でもやっぱり好きだよ。初恋が実るなんて思わなくて、でもぼくを抱き締める芥川は確かに存在していて。これからもぼくを好きでいてくれるんだって思うのと、浮ついた心に仕事に支障が出ないといいんだけどなんて思いながら。

「…好きだ、敦」
「ふふ、ぼくも好きだよ、芥川のこと」

今は、今だけは。浮ついた心を許して欲しいな、なんて。芥川と手を繋ぎながら、小さく笑った。



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