灯火
「そうだ、結婚しようよ」

なんの脈絡もなく、少年が言う。一瞬誰に向かって言ったのか、まあ二人しかいない部屋だったから考えるまでもないが。うん?とわざとらしく首を傾げる。シエテ、と呼ばれてやっぱり気のせいじゃないと知る。

「えっと、もしかしてやっぱり俺に言ったの?」
「シエテって二人いたっけ」
「いやいやシエテお兄さんはこの世にたった一人しかいない唯一無二の存在だよ?」

鼻で笑うように、いつもどおりの興味なさげな反応。少年、もとい団長ちゃんは俺の返答を待っているようでじっとこちらに視線を向けている。妙に気まずい、というより聞かなかった事には出来ないだろうか。まあそんな空気じゃないけれど。年頃の子の扱いは難しいな、なんて脳裏に浮かぶのはカトルやシスの顔。似たようなものかな、それかただの気まぐれかもしれない。

「あー…ほら、団長ちゃんはみんなの団長ちゃんでしょ?結婚なんてして俺が独占しちゃったら悪いんじゃないかな…なんて。ていうかそもそも男同士だしね?」
「シエテはそんな事気にしないでしょ」
「えぇ…?俺ってそんな見境なく見られてるの?てかどうして俺なの?」
「だって気にしないでしょ、」

シエテは。だから結婚しようよ、僕と。彼の目に俺はどう映っているのか、そんな事はわからない。ただベッドに腰掛けて、俺を見上げる少年の姿は年相応のそれじゃなくて。シエテが興味ありそうな本を見つけたんだ、なんて呼ばれて少しも疑わなかった俺も悪いのかもしれないけれど。静かに、ゆっくりと。みんなの、うん、そうだね、みんなの。そう呟いて息を吐く彼は、気まぐれの理由を考えているようで。どこか憂いた表情をしていた。

「確かに僕はみんなの団長、なのかもしれない。みんなにとっての僕はひとりで、唯一無二の存在なんだ。けど…」

けど、だから。じゃあ僕にとっての唯一って誰なんだろうって。ビィやルリア、それとも他の団員達のうちのひとり?僕だけの、僕にとっての唯一の人。

「…この旅の果てに、きっと僕は死んでしまうかもしれない。ルリアと繋がった命が、永遠にこのままってわけにもいかないから。まあ元々一度死んでるからさ、怖くないって言えば嘘なんだけど」

それでも、だから。死んだ僕を任せられる唯一の人。僕にとって唯一の人は誰なんだろうって。そう思ってたら、シエテがいいなあって。シエテなら、僕の唯一の人になってくれるかなって。うつ向いて弄った、ポケットの中からおもむろに取り出した緋緋色金の指輪に目を見開く。受け取ってよ、と差し出されたそれに、気まぐれでもなんでもなく本気なんだと理解した。

「…どうして、俺なの」

同じ質問を繰り返す。憂いながら、差し出されたままの指輪を見つめて。

「シエテは、僕が死んでも悲しまないでしょ?」

微笑む少年は、何を想うのか。

「ちゃんと悲しむけどなあ、俺」
「でも泣かないでしょ」

だから僕が死んだあとの事、頼みたくて。僕の身体好きにしていいから。結局は誰かに頼まなきゃいけない事、僕はシエテが良い、って。…それだけじゃない気もするけど。

「そりゃ責任重大だ」
「でしょ?だからこれ、受け取ってよ」
「団長ちゃんの頼みなら…うん、そうだね、俺も腹括ろうかな」
「そんな重く受け止めなくていいよ」
「中途半端じゃ嫌だからさ、こういうのはね」

案外自分もすんなり受け入れたのが意外で、なんだかなあと思う。

「そんじゃあ結婚記念にちゅーでもしちゃう?」
「いや、そういうのはいいかな」
「ええっ?!結婚てそういうのじゃないの?!」

僕が死んだ時にしてよ、少年はそう言う。

「それって恥ずかしいの俺だけじゃない?」
「あはは、みんなの前で、自分のものだって証明していいよ。みんなの団長独り占め、みたいな」

その権利を、貴方だけに。柔らかな笑みを浮かべる少年に、その時俺は初めて恋をしたのだ。自分の全てを捧げると言った、年端も行かぬ少年がこの瞬間から俺のモノに成る。それはなんとも言い難い幸福か、はたまた不幸であるのか。今はまだ、定かではないままだ。


+++


怒りの矛先、なんてものは無かった。ただ彼が決断した事、今際の際でさえ弱音すら吐かなかった少年の末路に誰も文句を言うものなどいなかった。胸に開いた大きな穴に、止めどなく流れ出る血の跡。『一度死んだ』当時の姿なのだろう、団員達の嗚咽が辺りの静寂をかき消す。

「シエテ」

赤の龍が、蒼の少女が。初めから存在しなければ彼はまだ生きていたんだろうか。などと思う辺り自分も相当堪えているのだと知る。彼らには何の罪も無いのだ、と言い聞かせる。これは紛れもない喪失感だった。昨日までそこにあった存在が消えた事実を受け入れられないなど、自分が、この俺が、身を以て感じるなんて。ああ、けれど。彼が生前言っていたように、涙は出ないなあ。

「シエテ」
「……」
「ねぇ、シエテ、あなた…何やってるの」

ソーンの声が、曖昧な脳に届く。まるで聞こえないふりをしているようだ。少年の亡骸の傍らに膝を付き、顔に掛かった髪をそっと除ける。年端も行かぬ少年の顔付きは少し大人びて、けれどあどけなさも残っていて。肩の荷が下りた安らかな表情に、愛しさだけが込み上げていく。

『僕が死んだ時にしてよ』

やっぱり、恥ずかしいのは俺だけだよ、団長ちゃん。俺のものだって証明して、独り占めしていいんだろ?もう、我慢せず君に触れてもいいんだろ?冷えた唇に重ねた熱が、ただただ虚しく感じるのは君が生きていないからだよ。ゆっくりとその身体を抱き寄せて、抱き締める。俺の愛しい人、もう還らぬ人。空の果て、旅の終わり。見届けた少年の生き様は、気高く儚いまるで一瞬の灯火のようであった。



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