1回だけ、の其のあとに
可笑しな話、我ながら理解不能な事態だと嘲笑すらも浮かんできそうだった。組織の壊滅、跡形もなく消え去った跡地にて。あちこち怪我だらけで動けやしない私の肩に、此れ又同じく汚濁直後の中也は頭を預け安らかな寝息を立てていた。丸で疑いもしない信用仕切ったような寝顔、黙って居れば可愛いのにとさえ思う年相応の幼さを残す其の横顔を暫し見詰める。

「(…睫毛長いなあ)」

丸で女の子だよ君、なんて起きている時に云ったら確実に鉄拳が飛んでくるで有ろう言葉が容易く浮かんでしまう辺りきっと私は疲れているんだろう。互いに大嫌いだと言い合う割に、いざと云う時に頼るのは互いしか居ないのだから皮肉なものだ。安らかな寝息。全く、人の気も知らないで。中也、と。其の寝顔に語り掛け名前を呼ぶ。

「………ん、っだよ……迎え、…来たのか?」
「未だだよ、一寸私の暇潰しに付き合って貰おうと思ってね」
「はあ?其れ…今やんなきゃ駄目か」
「うん、今じゃなきゃ駄目」

悪態をつく体力も残っていないのだろうか、中也は舌打ちをしながら渋々体を起こす。回復仕切っていない体はぐらりと揺れて、今度は私の胸元へと倒れ込んでくる。

「未だ動けそうにないね」
「しゃあねぇだろ…」
「うん、じゃあ此のままでいいよ」

私がしたい事、何も解って居ない癖に。そんな事考える脳味噌も回復しないと回らないんだろうか。私の膝に頭を乗せる中也を窺いながら、其の頬に触れ、唇を指でなぞる。敏感で薄い皮は其れだけで僅かな反応を示してピクリと動いた。目を見開いた中也は漸く私の意図を理解した様で、けど其れでも事の成り行きに何も口出しせず黙って私を見上げている。潤む事も無い眸、紅潮する事も無い頬。唯驚愕の表情だけが見て取れるそんな彼と、暫し見詰め合う。ゆっくりと、静かに、顔を寄せる。

「…1回だけ、だよ」

其の唇に、触れてみたくなったんだ。普段なら有り得ない様な要望は暇潰しとして、今じゃなきゃ中也は受けれ入れてくれないと知っているから。だから今なら、今しか。二人きりの此の空間で、汚濁直後の君の唯一の隙に。私に全てを委ねている今ならば、其れすら冗談としてでも。唯、確かめたかったのだ、其れだけ。

「(…嗚呼、やっぱり、厭じゃないなあ)」

重ねた唇、触れるだけの接吻。中也の唇は意外と柔らかくて、やっぱり女の子みたいだった。触れて数秒、1回だけの其れを名残惜しくも離してゆっくりと寄せた顔を上げる。中也の表情は何時もと変わらず其れよか怪訝に満ちたもので、仕方が無いと納得する前には再び互いの顔が引き合っていた。

「え…っ!」

離した筈の私の顔は中也によって引き戻され、再び其の唇に同じものを重ねる。乱暴でがさつな、噛み付く様な接吻だ。頸に回された腕に力は込められて居らず、多分私の力でも難無く退かす事は出来るだろう。けど其れをしないで居るのは私が単に呆気に取られ身動きが出来ずに居るからなのか、其れとも。無意識に開いた口、血の味が混じる唾液と絡み合う舌。触れるだけで済んだ筈の接吻は深く、先程より幾分も情を煽る様なものだった。脳が熱に犯される、紅潮するのは私の方。漏れる吐息に中也の表情を窺うと彼の頬も又、紅に染まって居て。透かさず脳も思考も定まらない儘に、其の頭を両手で押さえ付け熱を強請った。離しては息を吸い込み、又口付ける。苦しい事も忘れていっその事窒息死仕手も構わないとさえ思いながら其の熱を貪った。

「…っ中也、君、私1回だけだって云ったよね?」
「は、手前に…やられっぱなし何てなァ、真っ平なんだよ」

だから1回ずつだ、って。平等って事かい、其れ。莫迦だなあ、其れでは嫌いな私と二度も接吻した事になるんだよ。解ってるの、中也。解ってやっているのなら本当に質が悪いよ。互いに高揚仕切った熱は何処へ逃がせば善いのだろうか。1回だけ、の其のあとに。私ですら予想出来なかった事態は其れっきり、互いの呼吸音に耳を澄ませながらやり過ごすしか無いのだった。



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