破壊魔と暗殺者の話
助けた、と云うのは自惚れだ。一瞬息が止まったかのような感覚の後、半ば無意識に掴んだ腕と引き寄せたその勢いでそいつの身体は派手に俺の後ろへと吹っ飛ぶ。地面に倒れる音と痛み、衝撃による呻き声が耳に届いた。俺がこんな事をせざるを得なかった原因、黒の軍勢が目の前に迫ってくる。

「っぜぇ、爆ぜろぉ!!」

でかい炎の渦を一発、喰らわしてやるが奴の持つ盾によってそれが拒まれてびくともしない。クソッタレ、と舌打ちをひとつ打って今度はもっと強い魔法を撃とうと試みる、が。直前に背後から男がすり抜けてきて奴の身体を切り刻んだ。

「…虫けら風情が」

ついさっき吹っ飛ばした男が、黒の軍勢を見下しながら呟く。息の絶えた奴の本体が風化して跡形もなく消え去ると、それまで一部始終を黙って見詰めていた俺の身体が堰を切ったように動き出した。

「テメェ、動けるんなら最初から無茶苦茶な戦い方してんじゃねぇよ、ぶっ飛ばすぞ」
「吹っ飛ばしてから言うのはどうかと思うがな、それ以前にオレ一人でも十分だった」
「あ?」

殺すぞ、杖を手に振り上げようとした腕は掴まれた肩によって制止される。横目で睨み付けた男は笑みを浮かべながら止めろ、とでも言うように俺の名を呼んだ。掴む手に力が込められる。これが隊長の威厳ってやつなのか、身体が全く動かなかった。

「…………っあ゛ぁクソ、わあったよ」

肩に置かれた手を無理矢理引き剥がし、その場を去る。去り際にスルスタンの顔に目をやれば、すかした表情をしてやがったからまた舌打ちが漏れた。苛々する、アイツを見ているだけで。無駄に死にに行くような戦い方が気に食わない、けどそれだけでもなかった。周囲には馴染まず単独行動を繰り返す、そんなアイツ自身の事が心底嫌いなんだ。気に食わない、気に入らない。でもそんな事今更どうこうしようだなんて、それこそ今更な事だ。なら俺が関わらなければいい、アイツを見なきゃいいんだ。


なのに、だ。


「あ、ヴェルナーちょうどいいところに来たな」
「……は、」
「悪いけどスルスタンの事見といてくれよ、コイツ目を放すとすぐ起きるから」
「っオレは別に、こんな傷どうって事…!」

見なきゃいい、そんな決意も束の間に。傷だらけの男の隣で笑みを浮かべる男が俺にその男を見ろと言った。ふざけんな、誰がそんな事するかよ。むしろお前が見てればいいじゃねぇか。けどそんな事は出来るわけもないのはわかりきっている。なぜならこの笑みを浮かべる男は義勇軍の隊長だからだ。一人の人間に付きっきりで看病なんて出来るわけがない。だからこの場にいる俺にしか出来ない事だ。居合わせたタイミングが悪かった、畜生。

「(つーか大人しく治療も出来ねぇのかよコイツ)」

なんでこんな面倒な奴が義勇軍にいるんだか。自分で言うのもアレだが俺だって相当面倒な人間だと自覚はしている。けどコイツは多分それ以上だ、いや確実に。

「…なんでそんなに毛嫌いすんだか」
「ふん」
「あーうぜぇ、アイツの頼みじゃなかったら今すぐにでも消し炭にしちまうのになあ?」

隊長が出ていった後、顔を背けて俺を見ようともしないコイツに心底苛々する。見たくねぇのは俺の方なんだと怒鳴りつけてやりたいが、そこまで餓鬼じゃない。傍らの椅子に腰を下ろして胸糞悪い横顔をじっと眺める。ちょっとでも目を放すと脱け出してしまいそうなのはほかでもないコイツがアサシンであるからだ。布団で大体は隠れてはいるが見える素肌だけでも相当な傷痕が残る身体、いつからこんな自暴自棄みたいな生活をしてるんだとか、義勇軍に居座る前はどうしてたんだとか。気に食わない野郎なのにジワジワと広がる妙な感情に居心地が悪くなる。

「(そもそも隊長にばっか突っ掛かんのも妙だよな、甘えてんのか単に毛嫌いしてんのか…)」

けどそれなら義勇軍に居座る理由がわからない。じゃあ別に嫌ってるわけじゃないのかと、それなら一体どうしてそこまで拒む必要があるのか。まあ多少お節介なヤツだとは思うが、このスルスタンに対してはそれに一層拍車がかかっているようにも見える。構われて、拒んで、嫌がって…………………………照れか?反抗期?

「はっ」
「…貴様、何が可笑しい」
「あ?」

俺を見上げる、強気な視線。一度そう思っちまえばなかなかそれが頭から離れずに、むしろそうだとしか思えなくなる。反抗期の餓鬼、それならそれでコイツの行動全部に理由がついちまう。けどまるで自傷的な行動の理由はわからない。振り出しだ。

「餓鬼みてえだと思ってな」
「何だと…」
「いや、可愛いとこもあんじゃねーかよ?」

ムカつくのには変わり無いけどな。我ながら男に可愛いだなんて身の毛もよだつ話だが他に言葉が見付からなかった。目を見開く双眼。それから勢いよく上体を起こすと包帯にまみれた身体が露になる。素肌よりも白が多いであろうその様に、見慣れているはずなのに一瞬にして目を奪われる。そのせいで口より先に本能で、身体が動いた。

「起きてんじゃねぇよ」

咄嗟の事だった。これじゃあまるで飢えた獣のようだと自分でも驚く。浮かせた腰、真っ先に身体は目の前のスルスタンの方へ。動いて、あろうことかコイツの首筋に歯を突き立てる。口内に広がる鉄の味と間近で吐き出される小さな呻き。何かを我慢するようなそんな姿に、嗚呼。俺の理性は保てるんだろうか。

「き、さま何を…っ」

五月蝿い、その口を同じもんで塞ぐ。閉じた唇に舌を伸ばして舐めながら、噛み千切られたりしねえかと心配したが小さく開いたそこにすかさず差し込む。ぬるりとした粘膜、吐息。歯列をなぞっても抵抗らしい抵抗はない。

「(構ってやんなら、誰でもいいのかよ)」

それよかこんな事は慣れているとでも言うんだろうか。嫌悪感はなくどっちかというと気持ちがいい。手慣れた感ですらコイツにはある。唇を離して息を吸う。表情を窺う。らしくない、不安で歪んだ眉が目に映った。

「…貴様は、オレが必要なのか」
「は?」

言動が噛み合わない。誰が、何を必要だって?そんな事を一言だって言った覚えは無い。ピリピリとした空気が消える。コイツの、俺に対する態度が明らかにいつもと違うのがはっきりと感じられる。なんだ、これ。

「貴様の盾になろう、オレの命に代えても」

真っ直ぐで迷いの無い視線が俺を射抜く。急にどうしちまったんだよ、お前。キスはした、けどそれがなんだ。必要なんだと求めたわけじゃない。一瞬の出来心、思考をフル回転させて頭の中を整理する。どこか遠くで笑い声が聞こえた。そんだけで、どうしてお前が俺の盾になるってんだ。

「必要なんだろう、盾としてのこのオレが。求めたのは貴様だ」

盾としてのお前が、必要?その言葉で、その瞬間に。全ての辻褄が合わさった。必要とされたかった、望んで欲しかったのだ。いやそんな生半可なものじゃない。純粋に愛された事がないのだ、この男は。だから義勇軍に居座り続けている。必要とされて、望まれて、傍らで、愛が欲しかった。受入れられたかった、ただそんだけ。だがそれが単に受入れられればいいのではなく、自分が盾になる事で、傷付く事で成立する歪んだものだったから。それを、自分を望んだはずのアイツが拒んで癒そうとしたから、だからああも反発したんだろう。自分を犠牲にする事が、必要とされる条件だという思い込み。自分が傷付く事で、相手に愛されるんだと。一体どんな生き方をしてくればそんな結論にたどり着くのか。そんなもんは無茶苦茶で、とんだ馬鹿げた思い違いだ。通りで手慣れてやがったわけだ。

「テメェに守られるようなヤワじゃねーよ、ウゼェ」

同情なんてしない、が。あの男はこの事実に気が付いているんだろうかそれはわからない。けど気付いたからにはもう遅いわけで。このままだって俺には関係の無い話だが守られると言われたら別だ、今後コイツの傷が増えるのは確実なその上に何より守られるだなんてんな胸糞悪い事やられるわけにもいかない。

「盾なんざいらねぇ、その代わり今後俺から離れるな、片時もだ」
「なぜだ?盾がいらないのならオレが貴様の側にいる理由など無いだろう」
「っだから、盾じゃねぇテメェに側にいろっつってんだよ!」

これじゃあまるで告白だ。けどそうでもしないときっとコイツは譲らない。思い知らせるんだ、盾じゃなくても必要とされる事を。思い知れ、この俺が愛してやるんだ。

「スルスタン」

きっとコイツにとっちゃあ必要としてくれんなら誰だっていいんだろう。俺だって別にコイツを好きなわけじゃない。これは一時の契約だ。その代わり覚悟しろ、嫌っていうほど愛をくれてやるからよ。唇を指でなぞる。閉じた瞼。きっと盾にならなきゃいけないのは、俺の方なんだろう。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -