義勇軍と隊長
首を絞めて殺してくれるなら、剣で突き刺して殺してくれるなら。毒を盛って、撲殺でもいい。オレを殺してくれるなら誰だっていいと思った。仲間なら、誰だって。この軍には数多くの強者達が勢揃いしている。戦士や騎士の他に流れ者や傾奇者、大道芸人だって様々だ。皆互いに異なる力を持ち合わせ、常に力や強さを追い求めている。人それぞれ抱えているモノは違うけど、きっと皆目指すモノは大体似たようなモノで。それ故にぶつかり合う事も暫し茶飯事の事のはず。

『俺に触るな!』

そもそも何でこんな事を思ったのか、きっかけは些細な出来事だった。義勇軍に最近入った新しい仲間はとても気難しい人間で。まあ単に人付き合いが苦手なんだろう。けれど必要以上の関係を望まない彼は触れられるだけでも極端に嫌がり、傷を負った身体の手当てさえも拒む。だから彼もまた、何かを抱える内の一人なのだ。触れられたくない理由があり、踏み入れて欲しくないモノがある。それは例えこの義勇軍の隊長であるオレでさえも。けれどだから尚更不安なのだ、否定された事が。

「(隊長の、存在意義って)」

どうやらオレは自分が思っていた以上に繊細で小心者らしい。たった一度一人の人間に拒まれただけでこれだ。日常茶飯なはずなのに生憎オレは未だに慣れていない。いや、彼のような人間に逢うのは初めてだからだろう。今までの連中は一度たりともオレを否定する事は無かった。だから自暴自棄になる。それから考え出すのは『隊長』の存在理由だ。皆をまとめるのがオレの役目?皆を守るのがオレの務め?常に戦場の最前線に立ち、指揮を執る。そして最初に死ぬ事がこそが、義勇軍の隊長であるオレの存在する理由なのだとしたら。今この場に『隊長』であるオレが存在する事に意味はあるのだろうか。まあ、少なくとも指揮を執る者は必要だろうけど。元々義勇軍を立ち上げたのはオレだ。だとしてもだ、そんな理由でオレが隊長であってもいいんだろうか。怪我をすれば少なからず痛みはあるだろうに、それでも手当てを拒む彼にとってオレは一体どういう存在なのだろう。義勇軍に来いと無理強いするつもりはない。けど、ならなぜ、彼はオレ達と共にいるんだろう。それがわから
ない。

「(身体の痛みは共有出来ない。ならオレも、彼のように怪我をすれば何かわかるのか…?)」

思えば彼は常に怪我をしている。傷を負うために戦場の最前線に立つ物好きなどいないだろうに。なのに彼は戦闘のたびに常に最前線に立ち、皆より多く傷を負う。それにも関わらずに手当てされる事を拒むのだ。彼はなぜこうも手当てされる事を拒むのだろう。いくら嫌だからといってもこれは相当な問題である。それは単に触れられたくないのか、オレが嫌いなのか。どうしてもわからない、知らなくてはならない。…彼と同じ状況、なら同じようにオレも傷を負えば、彼の考えがわかるんだろうか。確信はないがやってみる価値はあるかもしれない。

ガシャン

幾度となく戦場で敵を斬ってきた剣を抜く。その尖端を喉元に突き立てて、今はもう数知れない敵達をを思い浮かべながら目を閉じた。平原を荒らす者、街を破壊する者、闇に佇む者、洞窟に棲む者、砂漠を支配する者、森に潜む者、血を欲する者、黒の軍勢。沢山、たくさん、命をこの剣で奪ってきた。こびり付くのは希望か怨念か。どちらともつかないその矛先でオレは今、自分の喉を突き刺そうとしていた。傷は手当てを怠れば悪化するもの。手当てにも費用や人材が必要だ。オレに治癒を施す魔力は備わっていない。オレがこのままこの義勇軍からいなくなってしまうと、何か変わるものがあるんだろうか。死にたいわけじゃない、死に場所を探しているわけでもない。オレはただ、この世界を守りたいだけなんだ。じゃあなぜオレは今、こんな事をしているんだろう。オレはただ、彼の気持ちを知りたかっただけなのに。蠢く思考はとても彼のとは言い難い自分の思惑ばかりだ。彼の思考には到底及ばない。だが自業自得だ、自らの意思で傷付いた身体を他人に手当てさせる気にはなら
ない。

「おい、何やってんだ!!」

馬鹿みたいだ、って。思った途端に後ろから声がする。誰よりも破壊を好み、誰よりも熱い心を持った男が走り寄ってきた。どうやら見回りの途中だったらしい男はすぐにオレの手から剣を奪って投げ棄てる。暗闇の中、月夜の明かりを頼りにオレの首筋に触れて傷口を確認した。小さな痛みが走る。

「…浅いな、掠っただけか」

傷の程度を知ると安堵の息を吐いてその場にドサリと腰を下ろす。心臓に悪い、と特に怒る素振りは見せずにオレを見上げるものだからその隣に腰を下ろした。

「…お前さ、もっと俺達を頼ってくれてもいいんだぜ」
「?、いつも頼りにしてるけど」

今更どうして、そんな当たり前の事を言うんだろう。首を傾げたオレを見て、ヴェルナーは呆れたように「だからよ、」と言葉を溢す。

「普段無口なお前が何考えてんのかなんてわかんねえよ、けど今のお前の顔見れば何か思い詰めてるのかくらい俺にだってわかる」

ただ淡々と言葉を紡ぐその表情は至って真面目だ。嘘も冗談も微塵もない瞳。それは真っ直ぐにオレを映して捉えていた。思い詰めているだなんて、そんな大層なものじゃないはずなのに。けど彼にはそう見えたようで。くだらない、オレの自己分析。同じ痛みを味わえば、同じ考えがわかるかもしれないなんて有り得ないのに。考えは人それぞれあって、それをひとつ残らず理解しようだなんて思うだけ無茶苦茶だ。オレはただ、『隊長』の存在理由が知りたかっただけ。オレが『隊長』である意味を、知りたかっただけ。

「…最初はただ、目的なんてなかったんだ」

『義勇軍』を結成したのは、まだ世界に危機が迫っている事を知る前だった。クロニクルの存在、黒の軍勢の存在、フィーナの過去、仲間の決意。それを知るたびに、知っていくたびに、嗚呼、オレはこの世界を守りたい、守らなきゃならないんだって思うようになった。義勇軍に人が集まるにつれオレはこの軍の『隊長』だっていうのを改めて自覚して。仲間が増えるのはいい事だ。だけど同時に押し寄せるのは不安と責任と恐怖で。背負うものが増えるたびにそれは重力を増すばかり。誰ひとり失いたくないから。誰ひとりとして、いなくなって欲しくないから。だからオレが守らなきゃ、『隊長』であるオレが守らなきゃ。ここに居てくれる皆を、オレは守らなきゃならないんだって。

「世界を守りたい、人々の笑顔を守りたい、義勇軍の皆を守りたい」

じゃあ守る事が『隊長』の役割なんだろうか。それが存在理由、それが存在意義。『隊長』とは皆を守る為のもの?そんな事を考え出したら止まらなくなった。

「だからさっき『俺に触るな』って言われた時、嗚呼、オレって一体なんなんだろうなって」

守らなきゃいけない存在に、守る事を拒否されて。じゃあオレの居る意味ってなんだろう。守る事が役目なのに、守らせてくれないだなんて。オレはただ、傷付いた彼を癒したかっただけなのに。なのに彼にオレは必要なかった。ならどうして、彼は義勇軍にいるんだろう。

「義勇軍に居る事を無理強いしているわけじゃないのに」
「好きで居るなら放っとけばいいだろ」
「うん、まあ…そうなんだろうけど、」

オレは『隊長』だから。仕方がないって思うのは多分いけない事だ。皆をまとめるのはオレの役目であり、誰ひとり欠けて欲しくはないから。皆が仲良く平和に暮らせるように。

「いつも無口なお前だけどよ、今日はよく喋るな」
「…ごめん」
「謝る事でもねえよ、たまにはそういう日もある…それに、」

ヴェルナーとこうやって話すのは初めてかもしれない。普段は横暴で、人の話に耳を傾けないような人間だと思っていたから。だからこうやって静かな平原で二人で会話するのはとても新鮮だ。

「俺だって一応は人の上に立つ人間、魔法兵団師団長だ。まあ義勇軍より規模は小せえけどだからっつって俺が団長でいいのかなんて思った事はねえよ」

『隊長』も『団長』も、呼び名は違えど役割は同じようなものだ。だからこそ守るべきものだって、抱えるものだって。沢山あるんじゃないか?

「元々難しい事考えんのは好きじゃねえ。皆自分の意志でそこにいるんだから俺がとやかく言うもんでもねえし、嫌なら脱退すんのも自由だ」

だから俺は義勇軍に入ったのだと。より多くの敵を破壊出来る可能性を秘めたこの場所なら、俺のこの滾る魂を満たしてくれるんじゃないかと。そう思ったから自分の意志で、この義勇軍に居る事を選んだんだ。

「だから俺も好きでここに居る、隊長がどうとかんなもん関係ねえ。アイツらも自分の意志で俺についてきた。勝手にここで闘って野垂れ死んだとしてもだ、それは自分の責任であって隊長であるお前のせいでもねえし、死にたくないから守って欲しいとかんなフザケた事も言ってるわけじゃねえ。…守ってもらうようなか弱い連中なんざ、この義勇軍にはいねえだろ?」

笑う彼は破壊を求めるだけの破壊者には到底見えない。無邪気に笑い、オレを慰めようとしてくれている一人の『仲間』の表情をしていた。

「俺だって最初はただ壊したいだけだった、けど今は違う。ここで過ごす内に大事なもんが出来た、守りたいもんが出来た。そんなもんが詰まってる、俺はこの義勇軍が好きだ。そんな軍の隊長をやってんだ、もっと誇りに思えよ」

くしゃり、と頭を撫でられる。魔方陣の刻まれた熱い手のひら、仲間の手のひら。色んな感情が混じりあって、ぎゅっと胸を締め付ける。ああなんて贅沢な痛みなんだろう。

「俺はお前が隊長であるこの義勇軍が好きだ。だからもっと色々曝け出していいんだぜ、何も思い詰めて気に病む事なんてねえ。もっと頼ってくれてもいいじゃねえか」

何も頼るのは戦場だけじゃない、束の間の休息でだって俺達は共にいる。俺達は同じ場所に存在する『仲間』なんだから。

「胸を張れ隊長、アンタには俺達がついてる」

ヴェルナーの言葉が、胸の奥に響き渡る。オレは一体何を悩んでいたんだろう。こんなにもいつも傍に、頼れる『仲間』の存在があるのに。ああそうだ、そうだった。思えばいつもオレの隣には、お前がいてくれたじゃないか。ずっと傍で、オレの背を守ってくれていたじゃないか。こんなにも、当たり前過ぎてわからなかった。オレはこの世界が好きだ、この義勇軍の皆が好きだ。だから、だからこそ。大好きなこの世界を、皆を守りたい。オレはその為にこの世界でこれからも、彼等と生き続ける為に戦うんだ。

「(オレは、この義勇軍の隊長になって、よかった)」

ストッパーが外れたかのように溢れ出すそれは、きっとこの先もずっとずっと募りゆくものなんだろう。子どものように泣きじゃくりながらヴェルナーの胸元に縋り付いて、一度全てを吐き出す。今夜だけは弱音を吐いてもいいだろうか。明日はちゃんと、皆を支えるオレに戻るから。そう胸に誓う。泣いている間ヴェルナーはずっと、無言で頭を撫でてくれていた。それは夜風が気持ちのいい、月夜の綺麗なとある日の出来事だった。



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