崎龍♀
「井吹、傷を見せてみろ」


そう言われたのは夕飯時の後、隊士達がとうに寝静まったであろう真夜中であった。芹沢さんの所に戻ろうとしないおれを追っ払うわけでもなく黙々と書類に目を通す山崎が放った一言。え、と声を漏らして振り向くと先程まで書類に向けられていた視線がおれに向けられていて。無表情、ではなく若干眉間に皺が寄せられていた。


「な、なんの事だよ…」
「惚ける必要はない、俺も冗談を言うほど忙しくもないからな。…幹部の中でも土方副長は気付いていたみたいだが、」


俺の目も誤魔化せないぞ、と。言いながら差し出された手に言葉に詰まる。


「…別に大したことない」
「君がそうだとしても、菌が入ってでもしたら厄介だろう」


至って真剣な表情をするこいつにはもう何を言っても聞かないだろう。渋々腕を差し出すと、正面に向き直った山崎が静かにおれの腕を手に取って袖を捲った。腫れた腕が、仄かな灯火に照らされる。


「…痛むのか」
「少し、だけ」


静かに、ゆっくりとした動作で。けれど的確に行われる、消毒して包帯を巻くだけのそれに魅入ってしまうのは。相手が山崎だからなんだろうか。いつの間にか終わった処置に、山崎に名前を呼ばれて我に返る。手当てが終わっても、山崎はおれの手を取ったままだった。


「…傷だらけだな」
「はは、だよなー?これじゃ嫁の貰い手だってつかねえよ」


まあそんな気はないが。けれどなんとなく重くなった空気を少しでも軽くしたくて言った言葉に後悔する。男として育てられた自分には、そんな未来など有り得ないのだ。ましてや無い物ねだりなど、もってのほかだ。幸せなんて、望んじゃいけない。


「なーんて、冗談だよ!おれが嫁に行くなんてとんだ笑い話だよな、はは…」
「なら俺が貰ってやろう」
「まあそう言うなって…………は?」


聞き間違えにしては質が悪い。こいつは今、なんて言った?この男は、山崎は。笑えない冗談なんて、らしくない。


「おま、んな冗談笑えないぞ」
「言ったはずだが?俺は冗談を言うほど忙しくもないからと」
「だからって… 」


今まで露骨な女扱いをされなかったせいか、そんな言葉にでさえ心臓の鼓動が速くなる。年頃だからだろうか、それにしたって原田の言葉より幾分もこれは破壊力があるぞ。相手が山崎だからなのか、そうなんだろうか。


「信じられないか…?」
「い、いやそんな事はないけど!!」
「試しに接吻でもしてみるか」
「接吻ておま、そういう事じゃ「騒いだら皆が起きてしまうぞ」


喚くおれに、山崎は容赦なく唇を重ねてくる。こんなのが初めてなんてなんという事だろう。そもそもこいつはこんなに積極的だったか?おれが知らないだけか、知らなかっただけなのか。そりゃこんなむさ苦しい所にいれば溜まるもんも溜まるだろうが…。


「んむ、あ!?」


差し込まれた舌にここまでやるのか、とせめてもの抵抗で山崎の胸を押すがびくともしない。それよか怖い、なんて思い始めたら無意識に山崎の着物を握り締めてしまう始末。それ以上に重症なのは、唇が息継ぎの度に離れるだけで名残惜しくなる事だ。頭ん中がこいつで、山崎でいっぱいになる。胸が苦しい。


「っは、井吹…」


不意に呼ばれた名前に、瞑ったままの目をゆっくりと開く。生理的な涙にまみれた視界では何も見えないが、それを山崎が拭った事でこいつの熱の籠った視界がおれに向けられている事を知る。胸が痛い、苦しい。まるで締め付けられているようだ。


「(山崎、山崎…!!)」


口から発せられるのは荒い息だけで、名前を呼ぼうにも声が出ない。頭はお前の事でいっぱいなのに。ああ、なんでこうなったんだっけ。そういやこいつ、おれを嫁に貰うとか言ってたよな。なら、いいのか、な。


「…君が欲しい」


おれも、お前が欲しい。言葉に出来ない代わりに、山崎の首に腕を回して縋りつく。怖い、けれど。お前ならきっと、大丈夫だと思うから。首筋に感じた熱い吐息に、そのままおれは身を委ねた。



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