いっそこの身が朽ちるまで
幽霊部員だから滅多に顔を出さないし、部活動はほぼ読書するだけだからいなくても何も問題ないんだけど。ただ美月が…こいつの愛しの妹が来ないのにどういうわけか知らないが急に現れたこの男は、一体何を考えているのか。


「…なあ」
「うん?」
「なんで、今日に限って文芸部にいるんだよ」


別に気まずいわけでもないんだけどなんというか。普段が普段なので珍しいっていうか。むしろ美月がいる日にくればいいのに、とか。


「おやアッキー、文芸部員が文芸部にいて何がおかしいというんだい?」
「いや、美月がいないのに珍しいと思って」


正直僕しかいないのなら今日の活動は休みにしてしまってもいいのだが。生憎この男がいるお陰でそれが出来ない。仮にもこいつは上級生。たとえ幽霊部員でも今この場の最高権力者は間違いなくこいつなのだ。


「…アッキーが寂しいと思ってね」
「え?」
「美月の代わりだけど、俺じゃ不満かなあ」


そう言っていつの間に背後に移動したのやら。両脇から差し込まれた手にまたかと思うのは一瞬で。そのまま抱き締められた事に動揺しすぎて声すら出なくなる。必要以上に密着する身体に、背凭れを横にずらしていた事に後悔した。


「アッキーは温かいねぇ」
「…っ」


それは意外にも強い力で。結局振りほどけないまま、強張った身体の力を抜いて博臣に背中を預ける。


「あれ、どうしたの」
「うるさい。もう好きにしろ」


まるで拗ねた子供みたいだ。後ろから顔を覗き込んでくる博臣から逃げるように顔を背ける。それでも顔が近い事に変わりはないけれど。


「アッキー」
「……」
「怒ったか?」
「…ばーか」


ちらりと横目で見やれば大して焦った様子すらしない博臣の顔が。年上の余裕ってやつだろうか、ほんとむかつく。僕ばかりがこんな思いして。さっさと美月の所へ行ってしまえ。


「なあ、アッキー」


いつもよりずっと低い声音で名前を呼ばれる。様子の違う博臣を不思議に思いながら後ろを向くと、肩越しに目が合った。


「どうしたんだ…?」
「…離れるなよ」


感情の読み取れない表情に言葉が出なくなる。いきなりの博臣の言葉に、一体どうしたんだとも言えなくて。離れるな、なんて。僕は肯定も否定も出来ないのに。


「……なーんてね」


そう言って茶化すけれど、僕を抱き締める腕は離れない。その腕に僕は自分の手を添える。きっといつかこの手に、僕の存在は消されてしまうんだろうか。死ぬ事はないけれど、それは死んだも同然だ。怖い、けれど仕方がない。そんな事を思いながらも、握った手を離せない僕はやっぱり臆病者だ。気付けばいつの間にか指が絡まれていて。それに安心してしまうのと同時に不安も感じてしまう。


「…僕は、離れたくない」


だからそれでも願うくらいはいいだろうか。離れたくないのだと、傍にいたいのだと。僕は死ぬ事はないけれど、お前は。僕が殺してしまうんじゃないかと思うたびに怖くなる。お前が先にいなくなるんじゃないかと、思うたびに怖くなる。


「アッキー」


なあ博臣。お前しか呼ばないその呼び名を呼ばれない日が来るなんて。そんなの僕は嫌だからな。お前は美月の代わりだと言うけれど。きっと僕は、お前じゃないと駄目なんだ。


「けどもし消えるなら、お前の手がいい」


だからどうか、今だけは。









いっそこの身が朽ちるまで










「…離さないさ、ずっと」


僕の傍に、いてください。



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