待ての出来ない偶蹄類
「「あ」」


天国と地獄の境、そこで偶然出くわした男は今から自分が向かおうとしていた所の店主であった。


「おや、今から向かおうとしていたんですけど」
「……」
「わざわざそちらから出向いて下さったんですか、気が利きますね白豚さん」
「……」


返事がない、ただの屍のようだ…ではなく、いつもとどこか様子のおかしい男を不審に思い訝しげに見つめる。自分よりも背の高い男であるにも関わらず若干俯いているので表情が読み取れない。突っ立ったままの男に歩み寄る。


「白澤さん?」
「……」
「一体どうしたんですか…っ!?」


バッ、と言い終わるのと同時に動いたかと思えば途端に強く抱き締められる。肩口に顔を埋められて身動きがとれない。意外にも力が強くて抵抗する事すらも無意味なのが。


「ちょっと…」
「……」
「はぁ、また振られたんですか?」
「…うん」


ぎゅう、と抱きつく男の背に腕を回す。はたから見れば恋人同士のそれと変わらないだろうが…生憎そんな関係ではない。しかしそのはずだが、男は不意に首筋に舌を這わせてきた。


「ん、何して…っ」
「好きだよ、鬼灯」
「振られた癖して、冗談はよして下さいませんか」
「本気だよ」


歯を立てて噛みつけられて痛みが走る。痕がついたんじゃないだろうか。


「今から来るんだろ?ウチに」
「その予定でしたがね、このままだと貞操が危ういので帰らせていただきますよ」
「えー何もしないのに」
「発情期の偶蹄類が何を言うか」


この男の言う事は信じられない。きっともう何を言っても聞かないのだろう。溜め息を吐いて、男に身を委ねる。肩口に顔を埋めると頭を撫でられた。


「鬼灯」
「…仕事なので手短にお願いしますよ」
「知道了、でも手加減出来ないかも」
「挑むところです」


顔を上げると目前に男の顔があり視線が交わる。眉間に皺を寄せながら、「仕様のない白豚さんですね」と呟いて男のそれに口づけた。










待ての出来ない偶蹄類










「そろそろ付き合おうよ」


情交の最中聴こえてきた言葉に返事は出来ず。どうしようも出来ないまま降ってきたそれと同じものを重ね合わせながら、返事の代わりに目の前の男の首に自分の腕を回して。


「…白澤さん、」


耳元でそっと名前を呼んでやった。



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