だってそれでも僕たちは
よくない事が前兆無しで起こるのは想定内の範囲であり、またセプター4にとってもそれは日常茶飯事の事である。だから今更そんな事でいちいち驚いてもいられないしただでさえ休む暇もないというのに無駄な労働力を使いたくはない。まあ、一般の事件は警察に任せているのだからよくて王関連、王同士の争いにでもならない限り平和なのに代わりはないが。


「(つっても、最近なんもねーしな…王同士の争いどころか室長も全然動かないし)」


世の中も大分平和になったものだと、雪のちらつく帰路を歩きながらコートのポケットに手を突っ込む。首に巻いたマフラーに雪が付着するのが鬱陶しい。


「…ま、超過勤務が減っただけマシだけど」


あの人が…周防さんが死んでからだろうか。あれほど騒ぎを起こしていた吠舞羅に動きがないのは。室長も口では平和で何よりだとは言うがたまにどこか上の空のように遠くを見つめている時がある。室長らしくないあからさまな態度。副長もそれに気付いているようだが口には出さないから余計に居心地が悪い。


「(これがあの人の存在の大きさ、か)」


あの人が死んだ、それだけの事で世の中がこんなにも変わってしまうのかと思うと。それほどまでに俺達の世界ははあの人を中心に回っていたのだとつくづく実感して。


「…ちっ、笑えねぇ」


堪らなく頭が痛くなる。俺はセプター4の一員で上司には宗像室長や淡島副長がいる。あのタトゥーからも解放されたから、俺は吠舞羅とは無関係なんだ。
そしてもう、青とあの人の赤い炎が対立する事はない。それを望んでいたはずなんだ、望みが叶ったはずなんだ。…それなのに。


「美咲…」


…結局、所詮俺は過去に縛られる人間の一人のうちに過ぎなかった。過去を振り払った気になって、実際にはそれすら出来ていない。そして、こいつも。


「…猿」


厚着を着込んだ姿は中学ぶりで。似合わねえな、そう言ってやりたいはずなのに言葉が出てこない。ただ見つめあって、次第に距離が縮んでく。だから言葉が出ない代わりに、美咲の首に外した自分のマフラーを巻いて頬に手を添えて額を合わせる。


「寒い、んだろ」
「…ん」


反撃も抵抗もしない、静かな美咲はどうも昔から苦手だ。こいつが今何を考えてるのかも、どんな気持ちなのかも、全部わかるから。


「美咲」


まるで慰めるみたいに、そうし合うみたいに唇にキスをして。舌先でなぞれば口を開くから、そこに舌を差し込んだ。時折漏れる美咲の声が堪らなく愛しい。


「(もう、戻れないなんて、)」


わかってるから、だからこんなにも苦しいんだ。周防さんや十束さんがまだいた頃の、草薙さんの店での記憶がよみがえる。だけどもうあの場所に、俺の居場所はない。


「美咲」
「ん…な、に」


セプター4だってそうだ。所詮俺は二つの場所を中途半端にまたぐ存在。現実はセプター4でも、心はまだ吠舞羅を捨てきれていないから。
…だから美咲、


「…お前が、俺の居場所になってくれ」


俺にはもう、お前しかいないから。肩口に顔を埋めて美咲を抱き締める。もしお前が離れたら、俺は。











だってそれでも僕たちは











「わかってる、猿比古」


だから美咲、お前だけは俺の傍にいて欲しい。
俺はもう、お前から離れられないから。



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