千年
来る者拒まず、去る者追わず。所謂そういった関係ばかりを続けていた。…のは、高専に入学する前の自分。誰でもよくて、何でもよくて。用が無くなったなら手放せばいい、それは別に私じゃなくても良かったんだろうから。それを軽い男だと軽蔑するのは自由だ、勝手に擦り寄ってきては離れる分際で。口にはしないが人の内心なんてろくなものじゃない。それは例外なく、自分だって。

『硝子は私になびかないね』
『自惚れんなクズが』

鼻で嘲笑われて、それが心底本音だというのがあからさまで。心の内を読む以前の出来事に思わず笑ってしまったのは記憶に新しい。嗚呼そうだ、誰だって、誰でも良い訳じゃない。当たり前の事を今更思い出す。だから人は一生涯を共に歩む唯一無二の存在を選ぶのだ。例外はあるが、硝子は私のそれではなかった、それだけの事。

「(今、捜すべきでもないのに)」

自分にとっての唯一無二を。今、この場所で捜す必要なんてないはずなのに。自ら歩み寄ってまで、無意味だと思う反面無性に急くのはどうしてなんだろう。迷う心を、引き留めて欲しいのか。単に自分の居場所を、確保したいだけなのか。この際男でも女でも構わない、そう思うくらいには今の自分に最も必要なものである事は確かで。一刻も早く、この心を埋めてはくれないだろうか、

「傑?」

って。唐突に、聞こえる声に我に返ると悟が怪訝そうに顔を覗き込んでくる。私の、たった一人の唯一無二の親友。悟…五条悟は、私にとっても、世界にとっても特別な存在であり、そんな彼を独占してしまいたい衝動はおこがましい事この上ない。

「急に黙んなよ」
「ああ…ごめん、少し考え事をしていてね」
「考え事だあ?何、エロい事?傑ムッツリだもんなあ」

ケラケラと笑う表情に、久々にこんな会話をした気がして妙に懐かしくなる。迷う事がバカバカしく思うくらいに、けれど少し疲れた様子なのは気の所為じゃない。

「…悟でも、疲れたりするんだね」
「はあ?誰が、なんだって?」
「だから、悟が…っ」

なんて事ない会話だった。なんて事ない、以前の私達にとってはだけれど。何か気に障るような言葉でもないだろうに、悟は酷く苛立ったように私の胸倉を掴んで壁に押し付けた。背中への衝撃に息が詰まる。

「誰にんな事言ってんだよ」
「っ悟、何をそんなに苛々して…」
「うるせぇ」

激情に、胸倉を掴んだ手が震えているのを感じる。自分でも制御出来ていない感情に『疲れる』事すら五条悟にあってはならないと言わんばかりの態度だ。それはもう、今までの私達ではいられない現実を突き付けられたも同然で。少しの衝撃で爆発してしまう起爆装置のような不安定な情緒と同時に彼はもう自分のものにはならないんだろうと理解する。それは彼が、彼自身が『最強』に成ってしまったから。もう、私などいようがいまいが彼にとっては些細な事に過ぎないのだ。

「(なら、せめて)」

きっかけくらい、最後にくれよ。掴んだ腕を引き剥がしながら、悟に口付ける…寸前、無限の影響でそれすらも叶わない、と思っていたのに。悟は引き剥がされた逆の手で、私の顔を押えてキスを拒んだ。

「やめろ」

照れも怒りもせずに、淡々と。交差する視線に思わず息が止まる。自分のしでかした事に冷や汗が溢れ出す。ああ、やってしまった。後悔した、けれどすぐに悟がいつもの調子で口を開く。

「バーカ、俺に手出そうなんざ千年早ェよ」

舌を出して、人を小馬鹿にするように。さっきまで怒っていた彼はどこへやら。見慣れた彼に拍子抜けする。

「……はは、ああ、そうだね…うん、違いない」

あと一人称戻ってるよ、悟。ほら、いつもの私達だ。互いがいれば最強だった、これから先もそうだと信じていた私達。これが最後だ、もう戻れない。

「(千年早いなら、千年経ったらいいのかな)」

唯一無二の、たった一人の私の親友に。君となら一生涯共にしてもよかったんだけどなあ、と心の中で呟いた。



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