一夜限りとは名ばかりのショーが終演を迎える。歓声はなく静まり返った広間に演者が集まるといつも全員喪に服したかのように口を閉ざしていた。コツコツと歩み寄る足音がひとつ。俺の目の前で立ち止まったかと思えば顔を覗き込むように圧が掛かる。

「演者を煽るなと散々教えたはずだが」
「…でも客を一番惹きつけたのは俺だろ?」
「戯れ言はいらん、協調性を持てと言っているんだ」

当ホテルの支配人はえらくご立腹なようで。全てはショーを盛り上げる為の演出だというのに。まあ多少性格の問題もあるかもしれないが。理解っている、いつものようにそう告げれば納得はしていないであろう表情で踵を返す。

『――今宵のショーは全てが、演出です』

一夜限りのショーの前、振舞われた食事の後の娯楽に胸を高鳴らせていたのは数年前だ。自分も以前は何も知らないままショーを観に来た民衆のうちの一人であった。貧困と飢餓に苦しむ地獄の中で生きていた幼い俺の手を引いて、父と母は藁にも縋る思いでこのホテルの扉を潜った。決して安くはないであろうショーのチケットを人数分握り締めて、少しでも飢えをしのげるならと期待を高まらせながら。何も知らずに、この場所に訪れたのだ。
仮初めの一時の幸福に縋らないと生きてなどいけなかった。両親がたった一度の夢を、期待を、可能性に掛けなければ俺は今ここに存在などしていなかった。運命に抗えと、信じてもいない神がそれから俺だけに生きる機会を与えた。結果奴等の贄になることよりも、奴等は俺の生存を望んだ。

『仲間になれ』

そんな反吐が出るような台詞を吐いたのは支配人だ。もがいて足掻いて走り続けて生き延びて、気付けばその夜生き残った最後の参加者になっていた。命の恩人なのかもしれないが、そんな事を思っていたのは最初の数ヶ月だけだ。この場所の真の意味を知れば何もかもどうでもよくなった。なぜこの貧困と飢餓に苦しむ地獄の中で食事など用意出来るのか。なぜ訪れた客が一人残らず帰路を辿らないのか。考えれば簡単な事だった。きっと俺の両親も誰かの胃の中で消化され、それを喰った人間もまた誰かの胃の中で消化されているのだろう。外には何もないと支配人は言う。ただここもある意味地獄である事に変わりはない。俺は両親を糧に生き延びたのだ。それが紛れもない真実だった、だから俺は考える事をやめた。全てがどうでもよくなった、現実を直視できなかったが自分で死ぬ勇気はなかった。いっそ両親と共に死ねればこんな思いはしなくてすんだのに。父と母と運命を共に出来たなら、俺はそれだけでよかったんだ。だからもう、俺に生きる理由なんてなにもない。父と母がいなくなった俺はもう、この世で死んだも同然だ。そう、あの頃は思っていた。まだ純粋だった、信じていた。父や母の為にも生きなければならないと…けど無駄だったのだ、何もかも。それから後に、自ら首と腕に刻んだ刺青に支配人と演者は俺に怪訝そうな顔を向けた。どう思われようが構わなかった、どんな目で見られようとも。青い薔薇のそれの意味、それは俺を生かそうとした母の想いだった。神の祝福、奇跡。母は俺の誕生をそう表現した。ここに以前の俺は存在しない。俺がこの地獄で生き残ることを誓った証。まだ、未練があったから。もう、今はどうでもよくなってしまった想い。ふと思い出しては母を呼ぶ事さえ無くなってしまった。俺にはもう、この世に未練など残っていなかった。



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