ところどころで響く悲鳴に聞こえないふりをする。ホテル内が次第に静かになっていくのは終演が近付く合図だ。すれ違う人間もほぼ見知った演者ばかりで、誰が生き残って誰が糧になったのか。稀に知らない人間を連れた演者も見掛けるがまあそんな事どうでもいい。他人など気にするだけ無駄だ。

「あっ」

不意に背後から声がして振り返る。見慣れない男…同世代くらいの黒髪の男が怯えた表情で俺を見ながら立っていた。

「…なんだ、生き残ったのか?」

死んだほうがマシだろうこの地獄で。無意識に漏れた言葉だった、自分でも驚くほどに。他人など気にするだけ無駄だと思った先程の自分はどこへやら。それは男が俺と同世代だったからか、それとも。

「お前名前は?」
「……?」
「通じないのか?」

男が、この国の者じゃなかったからか。なんの巡り合せで出逢ったのかわからない。けど出逢ったこの男から俺はどうしても目が離せなかった。怯えた瞳はこの状況を理解しているんだろうか、仮面は身に着けていないが今宵の参加者で間違いはないだろう。今まで独りで生きてきたわけじゃないはずだ、だが恐らく家族とは離れてしまったんだろう。…それが不幸中の幸い、とは言い難いがな。

「俺は《カイザー》だ」
「…かいざー」
「そうだ、ならお前は?」

自身を指差し名を告げてから男の胸元にトン、と指を置く。男は一瞬不思議そうな表情をみせるがそれから直ぐにおずおずと口を開く。

「よいち」

真っ直ぐな瞳で《ヨイチ》は俺を見上げる。コイツはまだ何も知らないのだ。この場所がどんな地獄かなんて、外よりはずっとマシだと信じている。可哀想で憐れな、あの頃の俺と何ら変わりない。

「(…ああ、いっそのことコイツが俺の生きる理由になり得るのなら)」

この地獄で少しでも、心の拠り所なんてものがあれば。出逢ったばかりの男に情が湧いたのか、それほどまでに自分は限界だったのかと心の中で苦笑いする。ただ死を待つだけの世界の行く末に、お前は最期まで俺の隣にいてくれるんだろうか。ヨイチの素性も何もわからないままそんな未来を描き始めればもう止まらない。ただ目の前の男に縋りたいと願うばかりではまるで子供のようじゃないかと嘲笑った。

「…俺と来い、ヨイチ」

支配人のようなくだらない台詞なんて俺は吐かない。そもそも言葉が通じないのだからそんな台詞意味がない。俺と生きろヨイチ、この地獄で踊る道化として。ヨイチに手を差し伸べ指を絡める。地獄の果てまで、どうか今際の際まで共に在ろう。



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