君の熱に溶けていく
放課後、ふとある事に気が付いた。


「…あれ、シズちゃんは?」


きょろきょろと回りを見渡しても、彼の姿は見当たらない。
帰ったのかとも思ったが、机の上には鞄が置きっぱなしだ。
新羅も知らないと言いながら左右に首を振るだけ。


「(…屋上かな?)」


煙草でも吸いに行ったのだろうか?
そう思って、自分の鞄と彼の鞄を両肩に掛けて教室を出た。










夕焼けが扉のガラスから差し込み、薄暗い階段をオレンジ色に染める。
数羽の烏の声を聴き壁に寄りかかりながら、深く溜め息を吐いた。
静寂なこの場所にはやたらとその息は耳障りで。


「(…最悪)」


屋上で行われているやり取りを想像して、自分の鞄を握りしめる。
微かに聞こえる二人の声は、ただただ自分にとっては拷問にしかならなかった。


「(屋上で夕焼けをバックに告白とは、ロマンチックすぎるよねぇ)」


先程まで陽気に階段を登ってきた自分が酷く滑稽に思える。
扉を開けても二人には気付かれる事はなかったが、姿を見て一瞬にして気落ちした。
女子生徒の方は知らないが、男子生徒はよりにもよってあの平和島静雄である。
どちらが呼び出したのかはわからないけれど、どちらにせよ良い気はしない。
平和島静雄は、自分が密かに恋心を抱いていた相手なのだから。


「(鞄…置いて帰ろうかな)」


校内の生徒も少なくなってきた頃、そんな事を思い始めた矢先。
バンッ、と扉が勢いよく開かれて、すぐ横を人が駆けていった。
いきなりの事に身体が跳ね上がり、視線は出てきた女子生徒を捕える。


「(あー、やだな…)」


早足で階段を駆け降りるその姿を見送って、チラリと逆方向の屋上へと目を向ける。
するとちょうど溜め息を吐いた後らしい彼と目があった。


「…あ」
「っや、やっほーシズちゃん…」


気まずくて苦笑いするが逆効果。
居心地が悪くなって、仕方がないから大きく息を吐いてから屋上に出た。
重苦しい空気を感じながらも、歩みを進める。


「…」


自分の姿を見ても暴れ出さない彼に無言で歩み寄り、あちらが言葉を発する前に自分からグッと腕を差し出した。


「鞄」
「!?」


驚愕しながら鞄を受け取る姿を確認してから、やはりあちらが言葉を発する前に踵を返す。


「いざ「じゃあ私、帰るから」


この場所から早く離れたくて、一歩踏み出す。
さっきの女子生徒の様子からして大体状況は予想出来る。
呼び出したのは彼女で、振ったのはこの男だ。
告白される事が皆無なくせに振ったという事はよっぽどの事。
という事は彼には好きな人がいるという事である。
だから尚更、今のシズちゃんからは離れたい。
ついさっき告白されたばかりなのだ。
きっと前よりも余計に好きな彼女を想っているはずだから。
私はシズちゃんの想い人じゃない。
大嫌いな奴が目の前に現れて、ほんとは不機嫌なんだろう。
だから早く離れなきゃって思うのに。
なのにそれは叶わなくて、


「待てよ」


腕を掴まれたかと思いきや、後ろに引かれて身体が反転した。
その拍子に、どさりと鞄がコンクリートの地面に落ちる。


「え?」


行き着く先は、腕の中。
誰の、って確認するまでもなくて。
抵抗出来ずにそのまま抱き締められた。


「え、な…シズ、ちゃん?」


ぎゅうっと抱き締められた身体は身動きすらも取れなくて、肩口に埋められた彼の表情もわからない。
それでも心臓の鼓動だけがやけに早くて、少し苦しくなった。


「シズちゃん…?」


様子のおかしい彼の名前を呼ぶと、少しだけ抱き締める力が強くなる。
また少し苦しくなった。それは痛いからとかそんなんじゃなくて。
胸が締め付けられるような、淡い苦しみ。


「何、どうしたの…?」
「…臨也」


耳元で不意に名前を呼ばれて、ゾクリと背筋が粟立つ。
徐々に熱る身体に、あ、やばいかも、と思った。


「臨也」
「やだ、シズちゃん…っ」
「悪ぃ」
「!!?」


そう言って荒々しく重ねられた唇。
抵抗なんて出来なくて、目を瞑ってそれを受け入れた。


「んっ、や…っ」


息を吐き出そうとした唇にねじ込まれた舌はとても熱い。
脚に力が入らなくなって倒れそうになるよりも先に、シズちゃんは私の身体を抱えて地面に腰をおろした。


「ん、あっ…ふ、」


腰をおろしても唇は離れなくて、それどころか両頬に手を沿えられ更に深く口付けられてしまい、離れる事が出来ない。
舌を舌で執拗に絡めとられ、唾液と唾液が混じりあう。
息苦しくなって目尻から涙が溢れた頃に、ようやく唇が離された。
互いの唇をてらてらと光る糸が繋ぎ、一定の距離を離れるとぷつりと途切れる。
熱に浮かされながら荒い息を整えようと、力の入らない身体を目の前で同じように息を整えるシズちゃんに預ける。
寄りかかった途端に、シズちゃんの両腕が軽く私の背中に回った。


「…後悔、してる?」


我ながら馬鹿だな、と思いながらシズちゃんの服を握り締める。


「…振った事は後悔してねぇよ」
「ううん、私に…キスした事」


シズちゃんの胸元に顔を押し付けて、表情を窺われないようにする。
泣きそうな衝動を必死に押さえ付けて、唇を噛み締めた。


「…ずっと好きな奴がいたんだ」


頭上でゆっくりと、シズちゃんは語り始める。
一言一言呟く際に頭を往復する手は、なぜかとても優しい動作で。


「でもそいつは俺の事嫌いでよ…会えばすぐ喧嘩三昧」
「…うん」


苦笑しながら言うシズちゃんは悲しそうという訳ではなく、とても楽しそうな声音。
表情を確認出来ない私は、更に強くシズちゃんの服を握り締める。


「抱き締める事もキスする事も、この先ずっと無理だと思ってた」


でもな、と呟いて。
頬に両手を沿えられたかと思ったら、そのままシズちゃんの顔の目前まで上を向かされた。


「諦めなくてよかった、後悔なんてして無ぇよ」


溢れ出てくる涙は、自分の意思とは関係無しに流れていく。


「俺は手前が…臨也が、好きだからな」


だから付き合ってくれ、だなんて。
余計に涙腺を緩ますその言葉に、私は黙って頷いた。










君の熱に溶けていく










(このまま二人で溶けあいたいね)



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