多分君に、甘くなる
「第一印象は最悪だったよね」


塀の上から俺を見下ろしながら喧嘩の最中、臨也は突然呟いた。


「あ゙?」
「高校の、私とシズちゃんが初めて会った時」
「…印象悪くしたのは手前だろ」


言われて思い出す、高校時代。確か新羅と再会して、その後にこいつを紹介されたんだっけか。思えばそれが全ての始まりだった。


「新羅が面白い奴紹介してくれるって言うからさ、最初はそんなに興味も湧かなかったんだけど…ねえ?」
「何が言いたいんだよ」
「実際会ってみれば、とんだ化物だって思ったよ」


そういえば、こいつは会った当初から怪しい笑みを浮かべて俺を見ていた。しかも怖がる事もせず、心底楽しげに。俺はその笑みが気に食わなかった。


「手前…」
「少しからかっただけですぐにキレるし、単細胞だし、」
「いい加減に、」
「でも楽しかったよ、あの頃は」


出会ったその日から殺し合い。それが俺達の始まりだった。


「校内で暴れまわって、先生に叱られて、それでも喧嘩して」
「…」


それは大人になった今でも続いている。


「それが楽しかった…」
「…臨也」
「でもね、最近思うんだ」


毎日毎日飽きもせずに、ひたすら喧嘩。こいつが新宿に引越したにも関わらずに池袋に姿を現しては俺を煽るから。だからきっと、喧嘩が絶えないんだろう。


「もしも、私達が出会わなかったらさ、どうなってたんだろうって」
「臨也」
「新羅にも会ってなくて、会う機会もなくって…」
「臨也!!!!」


だから俺の求める平和は無くって。こいつに全て壊されるってのがムカついて、腹立たしくて。だから殺したくて、追い掛けた。


「…ねえ、シズちゃん」


高校からこいつを殺したくて殺したくて仕方がなかった。ムカつくから、うざいから、そんな簡単な理由で。ずっとそうやってこいつと喧嘩してきた。なのに、今更。本当に今更だ。


「私、シズちゃんと会わなかったらさ、」


こんな、見たことも無いような表情で。


「シズちゃんを、好きになんてならなかったのにね」


こんな、聴いた事も無いような声で。


「叶わないって、わかってるのに」


触れたら簡単に壊れてしまいそうに。


「それでも好きなんだもん」


笑っちゃうよね、って。泣きそうな表情して、なんで笑うんだよ。本当に、今更。馬鹿だろ。


「今更だ」


本当に、今更すぎて。笑いたいのは俺の方だ。


「んなもん想った時点で言っとけ、馬鹿」


それでも笑えないんだから笑える。…ああ、くそ。馬鹿馬鹿しくて話が矛盾してきた。


「シズちゃん…」
「おら、降りてこいよ」


そもそも俺達の関係が矛盾してるんだから仕方がない。嫌いとか言って殺し合っているにも関わらずに、それでも好きとか。


「手前の泣く場所は、んな塀の上なんかじゃないだろ」


矛盾した、俺達の関係はきっと高校時代から続いていたんだろう。ただそれを、互いに知っていながら口に出さなかっただけで。


「臨也」
「ぅえ…っシズちゃん、」


俺もこいつも、無意味な意地を張りながら強がって。だから矛盾した事ばかりしていたんだろうな。そしてどちらかがそれを壊さなければ、俺達はすれ違ったままだった。でも。


「シズちゃん、私…っ」


多分もう、そんな意地は無くなった。


「…好きだ」


降りてきた身体は予想以上に華奢で軽くて。こんな奴を俺は殺そうとしていたのかと、途端に怖くなる。


「臨也、好きだ」


こいつが泣く表情も、声も、俺は知らない。


「っ…私も、シズちゃんが、好きぃ…っ!!」


ただそれでも、俺は今後…いや一生、こいつを守っていきたいと思った。





それでもきっと、俺達の喧嘩は終わらないんだろうな。
ただ殺し合いが、殺し愛に変わるだけで。
ああでもそしたら―――――










―――――俺は多分きっと、こいつに甘くなる。



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