雨が止むまで
いつもの如く、俺は街中を走り回ってあいつを追いかけていた。


「臨也ァァァァ!!!!」


片手で止まれと書かれた標識を振り回し、ひたすらに走った。


「別にシズちゃんに用は無いのに!!」


文句を言いながらも俺から逃げ回る臨也…通称ノミ蟲は、お得意のパルクール…だっけか、それを器用に使いながら未だに逃亡中だ。と、そんな時だった。


ポツ、ポツ


「!!?」
「あ…」


空を見上げると雨雲が覆っていた。降ってくるそれは、次第に量が増えていく。あっという間に乾いた地面はなくなった。


「雨…」
「シズちゃーん!!!!」


パシャパシャと駆け寄って来る、先程まで俺から逃げていたそいつ。俺の名前を呼びながら息を切らしていた。


「あ?」
「雨宿りしなきゃ!!」


そう言うと、俺の手を引いて駆け出した。









「うぅ…びしょびしょ」


ぽたぽたと髪から滴が垂れる。雨宿りの意味が全く無い気がするが、臨也はいったん落ち着いたようだ。


「だいぶ降ってるな…」「…シズちゃん一日泊めて?」


…聞き捨てならない言葉が聴こえた気がしたが、気のせいだろう。


「こりゃ当分は止まねぇだろうな」
「無視しないでよねぇ」


頬を膨らませるそいつ。だが俺は断じて気付かない、何も見ていない、何も聴こえない。


「ねぇシズちゃん」
「あー俺は何も聴いていません」
「聴こえてるじゃん、泊めてよ」
「俺は何も聴いていません」
「もー…服びしょびしょなの、わかる?」


このままじゃ家に帰れない、って…
「帰れ」
「土砂降りだもん」
「走れ」
「やだ」
「だから、「服透けるから嫌なの!」


変なオヤジがセクハラ…って、


「されたことあんのか」
「撃退したけどね〜」
「…」


もしもこのまま電車に乗れば、変なオヤジが濡れて透けた臨也を見て何を考えるかなんて、そんなのわかりきっている。だがしかし、


「…うち寝るとこ無ぇぞ」
「シズちゃんの布団で寝るもん」
「俺の寝床だろ」
「えー…じゃあ一緒に寝る〜」


ぷぅ、という擬音が聴こえそうな顔して有り得ない事を口にしやがる。全然可愛くない、可愛くないぞ。


「…駄目だ」
「なんで!?私シズちゃんに何もしないよ?」
「手前がそれを言うか…」


そう呟くと臨也は、え、と言葉を漏らした。


「…なんだよ」
「いやえ、なに、シズちゃんが私を襲うの?」
「は?あー…いやいや、違ぇ、なんだ、そういう事も有り得なくは無ぇっつーか…ああああ違ぇ違ぇ、何言ってんだ俺は!!」


有り得ねぇ。俺がこいつを襲うとか、無い、無い、断じて無い。どうやら雨で頭がイかれたようだ。そんな俺のおかしな言動にどん引きするかと思いきや。


「…………え」
「…っ////」


臨也は至って別の反応をしていた。頬を真っ赤に高潮させ、熱ったその頬を両手で抑え、


「…臨也?」
「ふぇっ!!?////」


名前を呼ぶと、肩をびくりと上下させて過激反応。そんなこいつの反応に、なんつーか…


「…可愛い」
「えっ!!////」
「…あ、いや、違ぇっ!!何言ってんだ俺は!!」


本日二回目のセリフ…いやいやそうじゃねぇ、そんな場合じゃないんだ。何なんだ、ノミ蟲が可愛いって。無意識にとか絶対無い、うん。いや無意識じゃなかったらなんなんだ?つか思った時点でアウトなのに口に出した俺はもっとアウトだ。…もっとアウト?なにがだ、臨也が可愛いって事か?いや、こいつは元から可愛かった…って!!!!…は、意味わかんねぇ。
完全に頭がイかれた。


「シズちゃん…」
「…あ?」
「………」
「…なんなんだよ」


口篭ってうつ向く臨也の耳は真っ赤で。チラリと俺を見たかと思えばそれは上目遣いで。頭のイかれた俺にとってはそれはもう可愛いと思わざるをえなかった。


「…泊めて?」


ここでそんなセリフは反則だ。断る理由なんて無い。ただ、


「一日だけ、か?」


こいつをもっと留めておきたくて。
止まない雨は存在しないのだから、せめて止むまで留めていたかった。
雨はいっそう強く、地面を跳ねる。


「…雨が止むまで」


びしょびしょの体を、俺はゆっくり引き寄せた。



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