君の世界にオレを映して
「お前、誰だ?」


なんて言われたら、ああ記憶喪失か、って思うのは当たり前。だけど自分以外の人間は覚えているようで、それを知った途端なんだか虚しくなった。


「…オレだけを、覚えていないなんてね」


そんなに嫌いだったのかい?と聞いてそうだと答える化物はここにはいない。目の前にいるのは、オレという人間を知らないただの化物である。


「オレは君が嫌いだよ」


そう言ってもそうか、と答えるだけで何も飛んできやしない。自販機も、車も、標識も。平和島静雄という化物は、オレを傷つけなくなった。もちろん、追い掛ける事もしない。
池袋の、24時間戦争コンビがいなくなった瞬間だった。


「…君さ、ほんと有り得ないよ」


勝手すぎる。普通の記憶喪失ならまだしも、オレの事だけを忘れるなんて。散々人を殺すとか言っといてさ、きっとそんな事も覚えていないんだろ?
君はオレに関する全てを忘れてしまったんだね。おかしくて、笑う事も出来ないよ。


「だいたいさ、なんで記憶喪失になってんの?無駄に頑丈なくせにやっぱり頭は所詮馬鹿だったって事?ほんとどうかしてるよ」
「…俺、記憶喪失なのか?」
「はあ?」


自覚がないのか?というか君にとってオレの存在なんてなくてもいいって事?オレに存在するなって事?ねぇ、どうなのさ。


「俺は、お前を知らない」
「オレは嫌というほど君を知ってるけどね」
「…やっぱり、俺は記憶喪失なんだな」
「ていうかオレの事だけ忘れてるんでしょ?」
「…なんで、」
「知らないよ、君がオレをそれほどに憎んでるって事だろ」
「…俺は一度も、人を憎んだ事は無ぇ」


嘘つき。人を憎んだ事が無いだって?よくそんな事言えるね、現にオレを忘れてるじゃないか。オレが憎いから、その単細胞の脳味噌からオレの存在を抹消したんだろ?


「憎いからオレの事忘れたんだろ?嫌いだから、目障りだから、オレの存在否定するみたいにさ。ほんと感じ悪いよ」
「…違ぇ」


違う?だったら証明してみなよ、何が違うのさ。いい加減現実受け止めろよ、違う事なんてないだろ?馬鹿みたいだ。


「違う事なんて一つもないよ」


そう、一つも無いんだ。わかってるよ。現実を受け止められていないのはオレの方だ。君のなかにオレが映っていない事、信じたくないから。昨日まで殺し合いをしてきた相手に突然忘れられたオレの存在する意味って何?もう何もわからないよ、君の事もオレの事も。


「…オレはお前を、憎んでなんかいない」


ほらまたそんな事言ってさ、有り得ない。オレを馬鹿にしてんの?


「憎んで忘れるぐらいなら…俺は、愛して忘れる方がいい」


…ああ、君は逆の意味で考えるのか。でも仮に憎んでなかったとしても、愛してたって事はないと思うよ?


「…愛した相手を忘れてさ、愛された相手の気持ちも考えてみなよ。散々愛して忘れられた、って最悪だと思わない?」


君はオレを嫌っていたし、オレも君が嫌い。だから俺達が愛し合う事なんてきっと無いから。


「わかってる…だから俺はお前を思い出すまで、お前の傍にいる」


真剣な瞳で残酷な言葉を吐く君は、オレの願いを叶えてはくれない。別に君に愛されたかったわけじゃないけれど、愛したわけでもなかったんだ。


「そんな事しなくていいよ、」


傍にいてくれなくったっていいんだよ。だってオレ達愛し合ってすらいないもの。でも今の君に出来る事が一つだけ。愛なんていらないからさ、オレの願いを叶えてよ。
それだけ。
ただオレの願いを叶えてくれるなら、それでいいから。


「シズちゃん」


だから、他に何もしてくれなくて結構さ。
オレの願いは一つだけ。


「好きだよ」


君の世界に、オレを映して?
それだけで十分だから。
愛なんていらない。
ただオレの存在を、君のなかに映してよ。


だからお願い。





オレを忘れないで。




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