ほのめかす、はぐらかす
禁煙てのはタイミングが大事だが、きっかけも無しにタイミングを掴むなんてのは至難の業だ。だから何かしらの理由をつけてきっかけでもつくってやんねぇとなァ…と思い始めたのはアイツの隣に居るようになってからだ。真っ暗な部屋、低い天井。貧乏じゃねぇだろと指摘すれば今後の為の節約だとか言っていたのは記憶に新しい。布団から這い出ると眩しい朝日…が昇るにはまだ早い。時計の針は午前三時を過ぎたばかりであった。昨夜の情交の余韻が未だに残る気だるい体を起こして散らばった服をかき集める。家主の姿は見えないが、居場所はなんとなく把握出来た。

「…みず」

掠れた声音じゃ経も読めやしない。たどたどしい足取りで台所に向かいコップ一杯の水で喉を潤す。起きて大分時間が経つが未だに家主の姿は見えないままで、舌打ちをしながらベランダに歩み寄りカーテンを引っ付かんだ。

「簓」

カーテンの先、見慣れた後ろ姿と煙草の臭いに顔をしかめながら名を呼ぶ。細められた眼が一瞬見開かれる、珍しく呆気に取られた表情だ。直ぐにいつもの飄々とした顔に戻ったけどな、やっぱりここに居やがったか。

「あー…なんや目ぇ覚めたんか」
「目ぇ覚めたっつうか起床時間だからな」
「え、早ない?てか早すぎちゃうか俺まだ寝てへんよ?」
「はァ?」

まだ寝てないってのは、ヤってからずっと起きてるって事か。煙草ふかして月眺めて、感傷に浸ってる場合じゃなくちゃんと寝ろってんだ。ああこれだから大人ってのは、自己管理すら出来ねぇ馬鹿はコイツも同じって事かよ。ったく…

「ぶっ倒れる前に寝ろよ」
「いや俺今日休みやし」
「関係ねェよ、テメェ拙僧が居んのに一日中無駄に寝て過ごすつもりか?あァ?」

ああまた吃驚した顔しやがって。こいつも没収だ、咥えた煙草をぶん取ってそのまま間抜け面にキスしてやる。どうせ芸のネタでも詰んだんだろ、わかってんだ。このままこれが禁煙に繋がりゃいいんだがんな要素ミリも有らず。こうやって週末に泊まりに来るだけで精一杯な拙僧はさぞかし可愛げがあろう?なあ、簓。

「…もっかい抱いてええ?」
「寝ろ」
「でもキミは起きてるんやろ?俺もちょーっと今の状態では寝られんなあ」
「ハッ、生憎拙僧はヤニ臭ェヤツに抱かれる気は更々無いんでな」

煙草は臭いから嫌いだ。けど染み着いちまったもんはなかなかどうにも落ちやしねェ。簓が纏う臭いに拙僧がどんな気持ちで抱かれているのか知りもしない、言う気もない。だから尚更、きっかけが欲しいのだ。

「(拙僧までヤニ臭くなるのは辛抱ならん)」

別に潔癖症だとかそんな問題ではない。ただずっと、コイツの臭いが鼻にこびりついてしまっては生活に異常をきたすのだ。…付き合っているわけでもあるまいし、全く面倒極まりない。

「煙草なんかいつも吸っとるやん」
「開き直んじゃねェ、早死にしてェのかよ」
「…へぇ、心配してくれるんかいな」

口が滑った、がこんぐらい言わねばコイツは気付かねぇか。煙草なんて何がいいんだか、ああまた、距離が縮まる。キスでもしてくれんのか、生憎もうそんな気分じゃねェんだが。

「空却」

不意に呼ばれる名前は心臓に悪い。抱き締められると熱が上がった気になんのは不本意だ。簓は拙僧の頭を撫でる。ホームシックにすらならないんだがな、一肌恋しいのは認めるか。

「もっかい抱いてええ?」
「…好きにしろ」

煙草の臭いは嫌いだ。けど言ったって止めないのはわかってる。お前が早死にしようが拙僧には関係のない事だ。やっぱ嫌いだよ、テメェなんか。せいぜい拙僧の事、今のうちに可愛がっときゃいいさ。



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