催眠術
「廉二郎、指名入ったよ」


厨房で奮闘している廉二郎は、ぁあ?と手元から目を離さずに棗に返事をする。


「指名」
「指名だあ?俺別のとこ入ってっから待て」
「えーじゃあなるべく早く来いよな」


そう言って厨房から離れる棗。再び廉二郎は料理作りに奮闘し始める。


「…店長、いい加減コックとか雇ったらどうなんですか」
「オレそういうの嫌なんだよねー、それに廉二郎君の料理美味しいし?」
「……ったく」


やれやれ、と一息ついて。ふと廉二郎は棗のいる席に目を向けると、ちょうど客を説得している最中だった。


「すみません、廉二郎今手が離せないみたいで…」
「えー廉二郎来ないのー?」
「はい、でもその代わり…」


棗は客の手を取って、その手の甲にキスを落とす。そして囁くように、目を細めながら…


「…オレと、精一杯楽しみましょう?」
「…………っ」


色気の漂う、というかむしろ色気しか出ていない棗の微笑は、妖艶で美しく儚げで。廉二郎、廉二郎と呼び続けていたその客の心をいとも簡単に撃ち落とした。


「…またあいつの指名数が上がる…」
「さすがうちのナンバーワンだね〜」
「そして俺の客が減るのか…」
「もういっそのことずっと厨房で働く?」
「いやそれは…」


まるで催眠術だな、なんて思いながら。俺もあいつの催眠術にかけられた被害者なんだろうなと、廉二郎は深く息を吐いた。



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