夢をみる
『誰も助けちゃくれない』

強くなるたびにひらく力の差は歴然としていて、肩を並べるような仲間はいつの間にか誰もいなくなってしまった。絶対的勝者に成り上がってしまった今、自分を負かす人間はきっと指折り数えて五本の指にも入らないんだろう。かつてのライバルの強張った表情が怖い、きっといつか誰かが負かしてくれるだなんて思ってもいない。それは孤独以外のなにものでもない、だから誰も助けてはくれない。だって助けようが無いのだから。

「(助けるって何、誰が?)」

諦めの表情や、自棄になった表情は見慣れたもの。もはや誰にも止められない勝利の連鎖を止める術は無いにも等しい。そんな事実に嫌気がさして、だから逃げ出した。

『もういい』

辛い、しんどい。溢れ出た本音にその場にいた全員が言葉を失った。血の気が引く、そんな表情にさせてしまった事を悔やんでももはや手遅れで。その場から走り出した直後に聞こえた自分の名前を呼ぶ声にも振り返る事が出来なかった。もう戻れない、戻りたくない。考えれば考えるだけ溢れ出てくるものが苦しくて、袖を濡らした。もういい、もう嫌だ。独り戯れ言のように繰り返しながら涙を拭う。このままここで終わりたい、終わらせて。願いはただただ誰にも届かずに、ポケモン達を心配させてしまうだけだ。ガラル無敗のチャンピオンのポケモン、そんな称号を背負わせてしまった事に申し訳なさを感じてしまう。…そんな事を言ってしまったら今までやってきた事を全て否定するようで、そんな自分にまた嫌気がさした。

「(…このまま誰にも見つからなかったらいいのに)」

この場所で朽ち果てる、そんな事を考えてしまうくらいには疲れきってしまっていた。このまま目を閉じてしまおう。世界から切り離すべく、意識を手放す事に集中する。起きた時、全てが夢でありますように。なんて無駄な願いは、言葉に出さずに呑み込んだ。



+++



意識が徐々に戻る、日はすっかり落ちていた。肌寒いはずなのにそれを全く感じない、肩に見慣れたパーカーが掛けられていた。持ち主に気付き、一気に目が覚める。

「っ…あ、」

背筋が凍るような感覚に、心臓の鼓動がうるさい。咄嗟に辺りを見回すが姿はなく、それどころか自分のポケモン達もいなくなっていた。ゆっくりと、誰かが近付いてくる足音がする。

「……キバナ、さん」

人の気配はパーカーの持ち主に間違いない。いつの間にかそこにいた、その人は呆れたように私を見下ろす。逃げ出した私の名前を呼んだ人だ、目が合わせられない。

「よお」

最初の一声に身体が強張る。戻りたくないのは事実で、けれど連れ戻しに来たのも事実で。手持ちのポケモン達はどこに行ったのかとか、やっぱりあなたは私がどこにいても見つけてしまうんですねとか。言いたい事はあるけれどそんな状況でもなく、気まずい空気に耐えきれる精神も未だに回復していなくて思わずまた視界が歪む。泣けば許してくれるだなんて思っていない。なのにキバナさんはいつもの調子で「あー泣くな泣くな」と言いながら私を抱き締めた。

「限界なんだろ」
「…っわ、たし…」
「わかってる、お前はダンデじゃねぇ」

そのダンデを凌駕した、お前はガラルを誇る最強のチャンピオンだ。最高の強さで観客を魅力する、そんなお前に勝つのがオレ様の夢。いつかのこの人が言った言葉が蘇る。ああなんて懐かしいんだろう。それに疲れてしまったのだなんて、口に出さなくてもきっと伝わってしまっているのだ。やっぱり辛いなあ、顔も見れない。

「ユウリ」
「……はい」
「悪かったよ」

誰も助けちゃくれない、もういい。そう言って自ら退こうとした口で。何様ですか、諦めようとした癖に。私に勝つって言ったのに、今更。あの場の全員が言葉を失った、あなたが諦めてしまったらじゃあ誰が私を負かすんですか。ならこのまま捜さずに放っておけばよかったのに。もういいなんて私の台詞、助けちゃくれないなんてそれこそ私が言うべき事なのに。…ああまただ、同じ事の繰り返し。

「…私が、言うならまだしも、キバナさんが言っていい台詞じゃないですよ」
「そうだな」

誰も助けてやれない、そう言わなかったのはあなただ。自分にしか出来ないんだと信じているから、ダンデさんに挑み続けたあなただから。私に勝つ事を夢見る、キバナさんにしか出来ない事。なのにあんな台詞、例え一度であっても聞きたくなかったのに。

「(だから早く、私を助けて)」

チャンピオンという重荷を、最後の砦であるあなたの手で。それが出来ないのならいっそこのままここで朽ち果てるまで一緒に。冷えきらない頭のまま思考を巡らせる。言葉は声にならないまま呑み込んだ。途方もない夢のまた夢だなんて言わないでほしい、あなたにしか出来ないと信じているから。

「(好きです、)」

夢の終わりを見届けて、この言葉をあなたに伝えたい。そう思ってああ、また視界が歪んだ。



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