君の為なら 「N、血出てる」 「え?ああ…」 言われて口元を右の親指で拭い取る。気づかなかったそれは、さっき殴られて歯で切ったんだろう。 「喧嘩?」 「大したことないよ」 「でも珍しいじゃん」 「不本意さ」 自分は何を言われたって構わないけれど、トウヤの悪口言われたから。ただ、それだけ。自分のせいでトウヤに迷惑かけたくないし、それよりも彼を馬鹿にされたくなかったんだ。 「痛い?」 「ううん、全然」 「そっか」 不安げに歪む表情も、その裏に隠された本心も、全部好きだから。彼の為ならいくらでも傷だってつくれる。 「(…苦い、鉄の味)」 唾を飲み込みながら、心の内で笑った。 |