ささくう
息をするのも億劫だと、寝起きに嘆く男の首筋に両手を添えた。ならいっそのこと止めちまえば楽になれるぜ、なんて口には出さずにその表情を見下ろす。目付きの悪い、うっすらとみえる眼にはぼんやりと天井が映っている。きっと拙僧なんか映しちゃいねぇ、そのことに苛立って思わず手に軽く力を込めればくぐもった呻きが漏れた。
「…今日なんの日やっけ」 「お前の誕生日だろ」 「誕生日…あー…誕生日、なぁ…」
夢うつつ、未だに天井を仰いだまま視線すら合わない。昨晩の熱も情も全部冷めきった。きっと外は酷く騒がしいに違いない。けどここは静かだ、まるで世界から切り離されたみたいに。2人分の呼吸音だけが聴こえる、吐く息さえも静かで。緩やかに時間が過ぎていく。このままじゃ今日なんてすぐに終わっちまうぞ、…なぁ、
「簓」
いい加減拙僧をみろ。今日はお前の生まれた日なんだぜ。なのにんな、心ここにあらず、なんて表情してんじゃねぇぞ。他のことに耳なんかかすな、拙僧の声だけ聴いてりゃいいんだよ。じゃねぇとこのまま、……このまま。
「空却」
息の根止めちまうぞ。力を込めた両手の手首を掴まれて、ぼんやりしたままの目付きの悪い眼が拙僧を見上げる。夢見心地だ、まだ。朧気に、揺らぐ眼には拙僧が映っている。笑う、簓が。苦しいと、文句さえ言わずに。
「俺なぁ、今日っちゅう日が嫌いやねん…」 「…知ってる」 「俺の、生まれた日やっちゅうんに…あんな…けったいなもんに全部かっ攫われてまうのが、ずっと…ずっと嫌でなあ…」
両手が、首筋から剥がされる。そのまま簓は自分の頬を包むように押し付けた。擦り寄るように、縋るように。息を吐く、呼吸を繰り返す。世の中の、浮かれた祭り事には見向きもせずに。
「今日はお前の生まれた日だぜ、簓」
世の中の、死者の祭り事には見向きもせずに。
「んへ…せやで、俺の生まれた日や…嬉しいなあ…泣きそうやわぁ…」 「生きてる証拠だろ、泣けよ、拙僧がみててやる」 「見られんのは堪忍や…けど、」
生きてるよ、ちゃんと。呼吸を繰り返して、息を吐くのが苦しくてもな。それでも苦しいってんならいつだって、拙僧が息の根を止めてやっから。
「今日はずっと、傍におってな」
魅入る、魅入られる。当たり前だろ、なんて。死がふたりを分かつても、伴に。嫌だって言われても、最期まで一緒にいてやらあ。
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