ささくう
いつも以上に濃い化粧に、ど派手な衣装。そいつがステージに上がるとたちまち観客からの歓声が響き渡る。歌が始まれば更に観客は盛り上がりをみせ隣を一瞥すれば獄が呆気にとられながら眉間に皺を寄せていた。
「やっぱ仮装すりゃ良かったか」 「してんじゃねーか、弁護士と坊主の」 「だぁからまんまだっつってんだろ…」
十四も言ってたもんな、仮装してこいって。恥ずかしがったのはどこのどいつだか、からかえばうるせぇしか言わねえの。周りにはハロウィンライブを心待ちにしていたであろう仮装した連中ばかりだ。
「拙僧はともかく獄、おめーは仕事帰りのおっさんにしか見えねーかもなァ」 「仕事帰りのおっさんがこんな若者ライブに居てたまるか」 「別に良いんじゃねぇか?たまの息抜きってのも大事だろーよ」 「まあそうなんだが…てだぁから違ぇって!!」
大声で会話したって歌声には負ける声量だ、ライブに夢中になる観客を横目で見ながらふと自分に向けられているであろう視線を感じる。背筋に悪寒が走る、ぞわりとした感覚。人の合間を不自然に突き抜けた先に『それ』は居た。にんまりと笑う、『それ』は今ここに居るはずのない人間の姿をしていたが、明らかにこの世の者ではない。唇がパクパクと動いている。名を、拙僧の名を紡いでいた。
「……去ね」
呟く、ありったけの念を込めて。たちまち溶けるように消えるそいつと、同時に震えだす端末に確信する。画面を確認して通話を押すと、おずおずと気まずそうな声を聞く前に声を出す。
『く「会いてーんならてめェで会いに来いよクソが」
電話すら何年ぶりだってヤツ、今更。確かにこの時期になると思い出さない事もなかったが…久々に顔を合わせたせいもあって気弱になりやがったな。そんな事も言い出せずに、どうしようもねぇヤツ。バカだなァ、拙僧も。
「誰だ?」 「あ?あー…拙僧の昔のオトコ」 「ほー……はぁあ!?」 「うっせ」
間違ってねぇ、何も。今も、昔も。終わったモン同士だ、なのに未練ばっか遺ってる。互いに、互いが、昔の未練に囚われてやがんだ。くだらねぇの、さっさと捨てちまえばいいのに。会場がいっそう盛り上がる、百面相の獄を無視して十四を見上げる。
『夢じゃなかったんか…』 「んだよ、自覚してんのか」 『いや確かにお前の事考えてたんやけども』 「バカ」 『堪忍な…けどなんや、騒がしいな』 「十四のハロウィンライブ来てんだよ」 『あー、なるほどなぁ』 「簓」
簓、ささら。口に出すだけでも躊躇った名前。ずっと、想うだけで無駄だった。テレビでも雑誌でも散々見てきた顔なのに、自分に向けられた声を聞いて駄目になる。殺した心が蘇る。未練が、またアイツを手に入れたいと渇望する。
「来いよ、ライブ。どーせ暇だろ」 『え…今からかいな?て行っても終わってんちゃう』 「だろーな」 『おま』 「でも誕生日だろ」
生霊飛ばしてまで、拙僧に会いたかったくせに。不愉快で、愉快で、どうしようもない、相変わらずだ。
「仮装してこいよ」 『仮装?芸人の仮装でもええ?』 「ヒャハ、てめーもまんまかよ!」
次会ったら覚えとけよ、なんて散々考え尽くした。なあ簓、覚悟しとけ。拙僧の未練全部受け止めろ、こうなりゃヤケだわ。
「拙僧に祝われてーならはよ来い!」
願わくば生涯を共になんて大層な事。ほらやっぱり、今も昔もなんも変わんねーの。
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