小ネタというか勢いで書く唐突文。
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どひふ(過去話)
人間誰しも生きていれば、一度くらいは必ず『孤高の一匹狼』と云うものに憧れを抱く時期があるだろう。それは俺も例外じゃない…なんて事はなく、単に俺みたいな人間とは接するのが面倒だからという理由で誰も近付いて来ないのだが。悲観的な性格はいつからか安定しつつあるし、もはやこの世の悪い出来事は全て俺のせいだとも思えてきた。こんな性格も友達が出来ないのも俺のせい。まああえて放っておかれる方が誰も傷付かないで済むのならそれはそれで構わないとは思った。

「どーっぽ」
「……なんだ、一二三か」
「まあた一人でぼーっとしてんの?楽しい?」
「うっさいな、俺が何しようが勝手だろ。つまらないならあっち行け」

そんな俺にも唯一好き好んで話し掛けてくる例外が一人居るのだが、本当に例外だ。俺と全く性格が真逆のこれ以上ないくらいの明るい人間。伊弉冉一二三は何が楽しいのやら、なんの躊躇いもなく俺に笑顔を向けた。

「別にオレっちつまんなくねーよ?」
「変なヤツ」
「はは、独歩がそれ言うー?!」

ケラケラと笑う一二三と知り合ったのは小学生の時だ。元々わりと目立つヤツで、同じクラスになった途端にその破天荒ぶりを思い知った。誰とでも気さくに話せるクラスの人気者。そんな人間が俺みたいなのとつるむのは単に面白いからだとか同情だとか、はたまた更に目立ちたいからなんだと思った時もあった。けどいざ話してみれば全くそんな事はなく…まあ面白いというのは否定しないだろうが、純粋に俺と友達になりたいんだと言われた時は流石に耳を疑った。それは飼っていた金魚が死んだのが俺のせいだと悔やんでいた頃だったから尚更、拍車が掛かってなんで俺みたいなのと、って。それから頻繁に話し掛けられては一緒に居る事も増え、クラスが離れれば話す事も減ったクラスメイトとは違い一二三とは現在進行形で唯一の友人関係を築き続けていた。そのお陰で『一匹狼』にならずに済んでいるのも事実だが。…たまにウザいくらいに絡んでくるのはやっぱり俺の対応が悪いからなんだろうか。

「あ、予鈴鳴ったし午後からオレっち移動教室だから行ってくんなー!」
「…ああ」
「ちゃんと元気出せっての!」
「ちゃんと元気ってなんだよ、さっさと行け」

相変わらずうるさくて、ヤツが去った後に教室に訪れる静寂には未だに慣れない。俺は静かなのが好きなんだ、なんてのはただの言い訳だ…一二三が居なかったらきっと今頃いじめなんじゃないかってくらいに俺には友人が一人もいないんだろう。だから、まあ、少なからず一二三の存在は俺にとってはわりと掛け替えのないものなんだ。本人には言ってやらないけどな。

+++

「観音寺ってお前?」

一瞬誰の事だと思ったが、クラスに似たような名字の人間は居なかったので直ぐに俺の事だと理解した。

「観音寺じゃなくて、観音坂なんだけど…」
「ああ悪い悪い!で、観音寺くんにちょっと頼み事があんだけどさー」
「……はあ」

もういっそのこと改名した方がいいのかもしれない…観音坂なんて観音寺の覚え易さに比べれば信憑性の無さこの上無い。…なんて言ってる場合じゃない。休み時間に教室に居た俺に話し掛けてきたのは別のクラスの男子生徒で何度か見掛けた事があるヤツだった。確か一二三と同じクラスだったような気がする。そんな人間が、俺なんかに頼み事とは一体なんだというのだろう。

「これなんだけどさ」
「…手紙?」
「そー、伊弉冉一二三に渡してくれってさ」
「なんで俺が「じゃあ頼んだぞー!」

そいつはそれを俺に手渡すと、直ぐ様自分の教室へと帰っていった。いや同じクラスなら自分で渡せよ…などとは思っても口には出せずに、手渡された手紙を一瞥すると明らかにラブレターのようだった。少し厚みのある封筒には差出人の名前すら掛かれていない。けど『伊弉冉くんへ』と書かれた小さく丸みを帯びた字面は容易に内容が分かるものだった。…これを、俺が、一二三に手渡すのか。アイツの事だからきっと「えー独歩ちんから愛の告白とかまじウケるんですけどー!」なんてからかわれるに違いない。なんだかこのまま本人に渡しに行くのも気が引けるし、手紙の主も教室に居るかもしれない。少し間をおいて渡せばいいか、という軽い気持ちで俺はその手紙をカバンに突っ込んだ。

+++

数日後の放課後、俺は「あ」と声を漏らす。その声に反応する人間はおらず、気付いたところで俺に関わろうとする人間はこの教室には居ないだろう。帰り支度の最中、カバンの奥に見つけたそれを手にする。若干シワのついてしまった手紙は俺が一二三に渡さなければならないものだった。サッと体から熱が引く。とりあえず一二三を捜しに教室を出た。昨日も一昨日も全然頭ん中になかったと、一二三ならともかく手紙の主に知れたらどうなる事か。待ち合わせ場所やら時間やら、貰った事などないから俺には分からないがともかく期限切れにしてしまっては少々不味いとは思った。告白なんて一世一代の大イベントだ…なんて思っているのはきっと俺だけだけど。そんな事を考えてしまったからなのか案の定、一二三は教室に居なかった。早すぎないか、と教室に残っていたあの時の男子生徒に声を掛ける。

「あ、あの」
「お?なんだ観音寺じゃん」
「だから観音坂…ってそんな事よりひふ…っ伊弉冉を見なかったか?」
「伊弉冉?ああアイツなら…」

帰ったぜ、と。そんなはずない事を言われてなんだか胸にモヤモヤとしたものが生まれる。一二三が俺に黙って一人で帰るなんて有り得ないんだときっとその時の俺は内心の焦りで混乱していたのだ。目の前のそいつに詰め寄り「本当に一人で帰ったのか?」と言い寄れば俺の様子が変だったのか、焦ったように「そういえば!」と口にする。

「なんか女子二人に呼ばれてたような…?」
「女子二人?誰だよ」
「一人はほら、この間の手紙書いた子で、あともう一人は知らない子だったから、多分俺らとは違うクラスなんじゃねぇかな」

手紙書いた子は観音坂と同じクラスだよ、とようやく俺の名字を覚えたんだな…じゃなくて。なんだ、俺のクラスの子だったのか、とそれはそれで回りくどい事してくれたな。なんて今はそれどころじゃない。二人、という事は報復か何かか?そんな事しか思い付かない。告白なら一人で行くだろうしわざわざ揃って行く必要もないだろう。きっとそういうのは待ち合わせをするのが定番てもんだ…じゃなくて。やっぱりあの手紙は期限切れだと知って、尚更募った焦りにこういう時に浮かぶ場所を考える。

「…体育館裏か」
「へ?」
「悪い、邪魔したな」

俺にしては騒がしい事この上無い。けど一二三は少なからず俺の大事な友人だ、しかも今回は俺のせいでとばっちりを受けている可能性がある。だから早く、早く行ってやる必要があるんだ。慌ただしく教室を出て、廊下を走り掛けるが『廊下は走るな』という貼り紙が目に入り途端に冷静さを取り戻す。

「(けど、行ったところで、俺に何が出来るんだ…?)」

そもそも何をしに行こうとしているんだ、俺は。弁解、謝罪、それとも奪還か。誘拐されたわけでもあるまいし、別に明日一二三に聞いてもいいんじゃないだろうか。けど、

「(だったらなんなんだ、この胸のざわつきは)」

理由もなく胸がざわつくはずがない。きっとなにかあるのだ、こういう時の俺の勘はよく当たるから。とにかくだ、まずは一二三を捜す事だけを考えろ俺。校内で思い当たる人気のない場所なんてのはたかが知れてる。まずは体育館裏、次に校舎裏…は運動部の溜まり場だから違うかもしれない。中庭、なんてのは目立つから無しだな。ぶつぶつ独り言を言いながら廊下を早歩きする俺はさぞかし奇怪な人間に見えただろうが、そんな事はどうだっていい。ようやく辿り着いた体育館裏に一二三の姿を見つけるも、安堵するにはどうやら早いようだ。

「とぼけないでよ!」

一二三の前には矢張り二人の女子が居た。一人は俺と同じクラスの大人しめの子と、もう一人は気の強そうな知らない子だ。体育館の影に隠れながら様子を窺うが、恐らく俺が出られそうな雰囲気ではない。

「えっと、だから何の事?」
「はあ?だから、あんたが手紙を無視したから、指定した場所に来なかったんでしょ!」
「手紙なんて貰ってないんだけど…」
「観音坂に頼んだはずよ!?」

観音坂、と聞いて体が強張る。ああやっぱり、この件は俺のせいだ。俺のせいで、一二三に迷惑を掛けてしまった。俺が手紙を渡さなかったから、俺のせいで…、

「…そういうのって、人に頼むもんじゃなくね?」

一二三、が。一瞬、声に怒気を含ませたようにいい放つものだから。思わず唾を呑み込んだ。あんなに怒ったような一二三は初めてで、女子二人も若干怖じ気付いたように言葉を失った。けど直ぐにその静寂が破られて、手紙の主が泣き出す。我に返った一二三が咄嗟に謝るが、それを制止するかのように強気な彼女は「許さない」と言い放った。「許さない」なんて、それは本来俺に向けられるべき言葉だ。一二三は何も悪くない、本当に何も知らないのだから。ああやっぱりとばっちりだ、意を決して身を乗り出すが時既に遅し。二人の姿はなく、ただ呆然と立ち尽くす一二三の後ろ姿だけがそこにあった。

「ひ、一二三…」
「あれ、独歩?…もしかして見ちゃってた感じ?」

困ったように笑う一二三に言葉を失う。こんな事になった原因は俺なのに、参ったなあといつもの調子を装う仕草に胸が痛くて仕方がなかった。

「俺…ごめん、一二三」
「なあんで独歩が謝んのさー!んな事気にしてたら将来禿げんよ?」
「いや、でも…俺が、手紙を渡さなかったから「そもそもオレっち独歩からそういうん受け取りたくねーから」

あ、また少し怒気が混ざったな、なんて。恐る恐る一二三の顔を見上げると既に満面の笑みを浮かべていた。「まあ独歩が書いたんなら喜んで受け取っけどなー」なんて冗談を言う辺り大丈夫なんだろうが…。

「独歩はなんも気にしないでオッケーだから、そこんとこヨロシクな!」

…なんて、俺が気にしないはずがないのに。それでも一二三は俺の為に『大丈夫』を繰り返した。…「許さない」という言葉が頭から離れずに未だに胸に引っ掛かるが。その時の俺はまだ、その言葉の意味を知るよしも無かったのだ。

+++

「(そういえば今日午後から体育だったっけな…)」

午前の授業をそれなりにノートにまとめながら上の空で聞き入る。窓際の一番後ろの席の快適さと言ったらどんな至福な時間よりも充実しているような気がして、思わず窓の外に目をやり運動場を眺めた。後ろの席を気にせずにのんびりと授業を受けられるなんて…まあ誰も俺みたいなヤツを気にするような人間はこの教室に居ないだろうけど。そんな俺の目に映ったのは、ちょうど隣のクラスの体育の授業の光景。俺の名前を覚えないあの男子がいたから多分そうだ。……あれ?

「(一二三…居ない…?)」

朝一緒に登校したはずなのに、一二三の姿が無かった。あいつは目立つしかといってクラスを間違えている訳でもないし…もしかして体調不良か?そういえば学校の玄関口の下駄箱でえらく顔色が悪かった気がする。…けど、朝俺を家まで迎えに来た一二三は全然元気だったじゃないか。それがなんで学校に来て急に…。

「(…朝来て、何か、あったのか?)」

思い返せば今日は一二三が一度も俺の所に来ていない気がする。いつもなら休み時間の度に会いに来るはずなのにそれが今日は全くだ。一二三の変化に気付いた瞬間俺の至福な時間は終わりを告げ、急にそわそわし出す。心を落ち着ける為に爪を噛んでみたがいつまでそれがもつかも分からない。どうにもならないし出来ない、嗚呼なんてもどかしいんだ。






























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