フユの話・2


  また、俺ですか。まあ、確かに新入部員――いや、会員か。ここ、同好会ですもんね。いや、そうですけど。俺、レパートリーとかないんですよ。前に話した通り、オカルトな体験とかしたことないんで。
  はあ、まあ、わかりました。じゃあ、兄さんの話でもしましょう。これ、俺としてはすごく怖い話なんですけど、話にするとそうでもないかも・・・・・・。俺には兄さんがいます。通信制の大学生です。前は普通の大学生だったんですけど、まあ色々ありまして。兄さんには彼女がいました。兄さんは顔立ちも整っている方だと思いますし、性格も悪くないはずですから。あ、普通に大学に通ってた頃の話です。彼女は時々家に遊びに来ていました。仲も良さげでしたよ。でもある時、事件が起こりました。
  彼女が兄さんを傷つけて自殺したんです。それも、我が家で。最悪な事件でした。彼女はハサミで兄さんの首を・・・・・・幸い太い血管とかを傷つけるまでには至らなかったので、兄さんにはなんの障害も残らず済みました。でも彼女は亡くなりました。え、理由ですか。確かになんでそんなことをしたのか、不思議ですよね。痴情のもつれ、って言うんですかね、こういうの。兄さんは別れを切り出した。彼女は嫌がった。そうして話がもつれていくうち、彼女は部屋にあったハサミを手にとって無理心中を図ろうとした――そんな感じだったそうです。兄さんは女の人を見る目がなかったんですかね。とにかく、それ以来兄さんは外に出られなくなりました。俺たち家族が外に連れ出しても、今までと打って変わって俯いて歩くし、周りを怯えたように見回す。少し歩いただけで足を震わせて動けなくなるんです。家の中にいる時は昔と変わらない兄さんなんですけどね。それで、通信制の大学に変えました。それにハサミを見ると怯えたような反応をするようになりました。他の刃物は平気なんですけどね。・・・・・・全部、あの女のせいです。
  この事件も十分怖い話でしょう。でも、俺にとって怖いのはそれだけじゃないんです。
  ある日の夕方、兄さんの部屋の前を通ったら、女の人の声がボソボソ聞こえてきました。おかしいですよね、だって兄さんは外に出られないし、そもそも女の人があまり好きじゃないはずなんです。例の事件がありますからね。なのになんで女の人の声がするんだろうって変に思いました。だから気がつかれないように、そっとドアを開けて部屋を覗き見ました。そうしたら、そうしたらですよ――部屋にいるのは兄さん一人でした。そして女の人の声は、兄さんの声だったんです。いつもより高い声で独り言を喋っていました。思わず僕はドアを閉めました。もちろんそっとです。訳がわかりませんでした。僕の目がおかしくなったのかとも思いました。だってその日、僕が次に兄さんの顔を見た時、兄さんはケロッとしてたから。でも、女の人みたいな声で独り言をつぶやく兄さんはそれから何度か見ました。とても怖かった・・・・・・ある時、俺は意を決して声をかけました。でも次の瞬間、そんなことしなきゃ良かったと激しく後悔しました。
  兄さんは猫なで声でああ、フユくんなんて、笑って言ったんです。フユくん、そんな呼び方を兄さんはしません。フユキ、そう呼びます。そんな高い声でそんな呼び方はしません。恐ろしくなって、俺は自室に駆け戻りました。その日は怖くてまともに兄さんを見ることができませんでした。
  こういうの、二重人格って言うんでしょうか。多分、はたから見たらそうなんでしょう。でも、それとは少し違うように思います。だって――俺のこと、フユくん、なんて呼び方するの、兄さんを殺しかけたあいつだけなんですよ。
  怖くありませんでしたか? ・・・・・・これで、俺の話は終わりです。









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