蝶々と不憫な男達
何もないところで躓いて転んで笑っている彼女を見ていると、何だか不安になってくる。女性というよりは少女と言った方が正しい顔立ちで、とても十八の息子が二人もいるようには見えない。
「あ、また転んだ」 「よう転ぶなぁ……どっか抜けてはんねん、あの人」
縁側でまったりとお茶をすする二人は、目の前で紋白蝶を追いかけては転ぶ母の姿を温かい目で見守っていた。否、生温かい目で見ていた。
「止めた方がいいのかなあ?」 「面白いからこれでええんどす」 「でも父さんに叱られるよ」 「黙っとれば分かりゃしまへん」
とは言ったものの、これは些かまずい気もする。あれだけ派手に転べば着物も汚れる。当然それを不審に思った父が梼蠡にその理由を聞き、彼女は事のあらましを伝えるだろう。傍に息子達がいたことを伏せるという器用なことができる人ではないから、結果的には自分達が被害を被るのだ。
「梼蠡ちゃん、梼蠡ちゃん」 「なぁに?」 「元気ようはしゃぐ姿は見とって微笑ましいんやけど、そろそろやめんと父さんが心配しはるんどすが」 「でも可愛い蝶々が……」 「父さんに頼めば取ってくれるよ、大丈夫」
残念そうに眉根を下げ、足元の小石を蹴る。その姿も美のつく少女で、それを母に持つ二人は誇らしいような不安なような。もう少ししっかりしてもらわないと安心して仕事もできないではないか、と。けれど、いつまでも純粋で若々しい母親であってほしいという思いも相まって、何とも複雑な気分だ。
「それにそろそろ外に出た方がええどす。三日間屋敷から出ぇへんなんて梼蠡ちゃんらしないわ」
外出できなかったのには梼蠡の夫に原因があった。この間一人でいた時に男二名に絡まれ、そこに運良く双子が通りかかったから良かったものの、それがなければ攫われていたに違いない。そんな妻の身を案じ、外出を禁じたのだ。
「はよ出な。わっちもお供するさかい」 「夕君の場合は自分が出たいだけだけどねー」 「君! いらんこと言わんで宜しいどす」
夕影の場合は単なる謹慎処分である。母に手を出そうとした例の男二人を、二度と日の目を見れぬように『色々』したためだ。
「口で言うても利かへんから痛い目見てもろたまでどす。ほんま仕方なしやってん。わっちかて、そない暴力振るうん嫌やわ」 「えー、そう? あの人達をボコボコにする時顔が笑ってたように見えたけどなぁ」 「夕ってば楽しんでたよねぇっ。あの人達が土下座をしても頭を踏みながら笑顔で見下ろしてたもん。あれは怖かったよ?」 「梼蠡ちゃんたら酷いわぁ。わっちは母さんを守っただけやのに。むしろ正義の味方どす」 「そうだよね !夕は私の自慢の息子だもん、正義の味方だよねぇ」
その会話を聞いていた客人は思ったそうな。蝶々を追い駆け回る美少女と男二人を意のままに操る美青年、それをかけ合わせるとほけっとした少年ができるのか、と。そんな誤解が生まれているとは知らず、三人は日が暮れるまで先日の一件について談笑していた。
余談だが、命の危機を感じた例の男二人はその日のうちに町を出たそうな。めでたくない、めでたくない。
某交流サイトにて宝来漣音様にリクエストしていただいたものです。 梼蠡さん、夕影さん、君影さん親子をお借りしました。 可愛く可愛く、でも黒さを出して尚かつギャグ! クリーンヒットな内容だったんで本当に楽しかったです。 宝来漣音様、リクエストありがとうございました!
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