隔てた壁を喰らう狂気の味



壁を隔てる、その行為が当たり前なのだと思っていた。

二人の間には常に見えない何かがあり、それは形を変え色を変え褪せることなく息づいている。どちらともなく隔てた崩しようのない仕切り。時を重ねる毎に高く高く積み上げられていく。

どちらかが手を伸ばせばもう一方はそれを阻止しようと厚い板を積みにかかる。結果、現在における二人の関係性が成り立ったのである。

「千朱ちゃん」
「何だよ」
「そろそろ負けを認めてもいいんじゃない? 僕の勝ち、千朱ちゃんの負け。それで全てが丸く収まるでしょ」
「……ふざけるな」

鋭い蹴りが腹部を捉える。けれどそれはあっさりかわされ、空振りに終わった。千朱は体勢を整えると、忌ま忌ましそうに舌打ちをした。対する水渚は愉快といった様子で目を細めている。

連続で繰り出される攻撃にも屈せず、軽快なステップでリズミカルな動きをしてみせる。この程度の動きについてこれない千朱ではないだろうに、今日はどうも様子がおかしい。どこか遠慮しているような、何ともつまらない打ち合いだ。

「はあ……今日は一体どうしたっていうのさ」
「何の話だ」
「今の千朱ちゃんは殺り甲斐のカケラもないつまらない奴ってことだよ」

それを聞いて尚、彼は反論すらしない。黙ったまま地面を見つめている。

「ちあ……」
「お前は俺をどうしたい?」

金の瞳が水渚を捉える。ただ真っ直ぐに、光のない瞳で。

その姿は幻想的で儚く美しい。一瞬でも魅了されてしまった水渚は、彼の腕が動いたことに気付けなかった。厳密に言うと半歩遅かったのだ。千朱の拳は腹部に深くめり込み、水渚を蹲らせた。

苦痛に顔を歪める彼女の手を取り、無理矢理壁に押し付ける。その行動を起こす間、彼は無言だった。

「……ここに壁があるのは分かるか」
「か、べ……?」
「これだけ近付いても壁は確かに存在する。俺達の間には常にそれがある」
「何を……!」

細く長い指が首に触れる。水渚はすでに抗うことを忘れていた。彼から逃れるなど容易いことだ。力づくで押し退けることだってできる。それでも、今の彼から目を逸らせなかった。

指の力は次第に強まり、白い肌に食い込んでいく。

「こうすれば壁は壊れるのか?」

狂気が千朱を飲み込んでいる。光の点らない瞳と強まる両手の力。そのどちらもが、今水渚を殺そうとしている。

「こうすれば……」
「千朱、ちゃん……っ……私……を、好きにならない、でよ……?」

微かな呟きは空を切って千朱に届く。初めて見た時に美しいと思った瞳が大きく見開かれている。その時にはもう、指の力は抜けていた。その時だけは、二人の間に聳えた壁も遠慮がちに姿を消していた。







某交流サイトにて緋夜様にリクエストしていただいたものです。
千朱さんと水渚さんをお借りしました。
リクエストは狂愛ですが、お二人の間には信頼があるということでしたので、
いつもとは少し違った観点から攻めてみました。
信頼もあるだろうけど、その分壁もあるだろうなぁと考えたので。
緋夜様、リクエストありがとうございました!







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