幸福は器の中に



窓の外を見ると、小さな者達が笑いながら駆けていった。子供は悩みがなくていいなと溜息をつく。かく言う沙紗も、暇だとか憂鬱だということしか感じていないのだけれど。

「はぁ、暇ね……」
「ならば、わっちと共に出かけようぞ」

柱の陰から見え隠れする長い耳。それを目にし、沙紗は眉をひそめた。

「出かけるって……どこに出かけようっていうの?」
「それは出向いてからのお楽しみというやつじゃ」
「…………ならいいわ」
「何じゃと!!」

柱の陰から飛び出し、早足に沙紗のところまでやってくると、窓の外を指差した。興味なさそうにそちらを見れば、実弥はふんと鼻を鳴らす。そして沙紗の腕を掴み、歩き出した。

「な、何なのよ!?」
「暇ならば外へ出る、当然の理じゃ」
「どういう理屈よ! ちょっと! 離しなさい!!」

勢い良く手を払う。だが、実弥は腕にしがみついて離れようとしない。こんな時、小さな体は便利らしい。

何度払っても落ちず、肩が痛くなってきた。諦めて手を止めると、実弥はカッカッカと豪快に笑った。

「よし、出発じゃ!」

もう何も言うまい、言ったところで無駄だということがよく分かった。意気揚々と前を歩く小さな背を見つめながら、聞こえないよう小さく舌打ちをした。



実弥に連れてこられたのは甘味屋だった。まだ真新しい雰囲気を残している。

適当な席を見つけて座ると、可愛らしい娘が一人、こちらにやってきた。この店主の一人娘らしい。常連の実弥と仲が良いようで、話に花を咲かせている。置いていかれた気分で、当然沙紗は面白くない。二人を睨み付けると、娘は足早に奥へと姿を消した。

「どうじゃ、可愛かろう」
「ふん、まあまあね。……じゃ、なくて。どうして私をここへ連れてきたの? まさか、あの子に会わせるため、なんて言うんじゃないでしょうね」
「いや、そうではない。ここの甘味は美味だからな、お主にも食べさせたかったのじゃ」
「……そう。そういうことなら、食べなくもないわ」

しばらくすると、団子や餡蜜が運ばれてきた。先程の会話には注文の意味もあったらしい。あの娘には申し訳ないことをしたかなと思ったが、実弥に対しては詫びの一つも思い浮かばなかった。ここまで無理矢理連れてこられたことが、相当気に食わなかったようだ。

目の前で何杯もの餡蜜、何本もの団子を平らげている兎の姿。それだけで腹いっぱいになる思いだ。とはいえ、食べないのはもったいない。実弥に全てくれてやるのも釈だった。

寒天を掬い、口へと運ぶ。口に入れた瞬間に広がる甘酸っぱさ。普通の寒天ではなく、柑橘系の味がする。甘すぎずあっさりしていて、いくらでも食べられそうだ。その旨さに感動していると、実弥がにやりと笑った。沙紗は慌てて緩んだ表情を引き締めた。

「美味であろう」
「ま、まあまあね。……悪くはないわ」

白玉も同様に甘酸っぱい。また頬が緩み、幸せな気分になる。

「やっと笑ったな」
「え……?」
「ここ最近、ずっと元気がないようだったからな。皆心配しておったのじゃ」

もちろん、わっちもじゃぞ。そう言って団子を頬張る実弥に、不思議と悪い気はしない。いつもなら、『口に物を入れたまま喋らない!』と怒鳴っているところなのだが。不思議と、優しい気持ちになれた。

「……そうね、元気が出たわ」
「そうか! わっちの作戦勝ちじゃな!!」

何の作戦なのか知らないが、実弥の満足げな表情を見ていると、細かいことはどうでもよくなってくる。

さじを置き、手を合わせる。餡蜜と、それから、実弥に感謝を込めて。

「私は幸せ者ね」
「ひゃにがじゃ?」
「何でもないわ。……って実弥! 口に物を入れたまま喋らない!」

立ち上がり、実弥を指差して一喝。怒鳴っているのに、その表情は晴れ渡っていた。







某交流サイトにてもくもさんにリクエストしていただいたものです。
実弥さん、沙紗さんをお借りしました。
ほのぼのということで、笑顔になれるお話を目指しました。
実弥さんは私の中では沙紗さんよりも落ち着いた雰囲気の人です。
可愛らしさの中に大人っぽい一面もあるんじゃないかなぁと思ったので……
「〜じゃ」という喋り方が大好きなので、実弥さんが喋っているのを想像し、
その度、にやけました、変な人ですすみません←
もくもさん、リクエストありがとうございました!







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