Aから始まる感情を抱かせないで



その表情に妻を重ねて見る度、彼女はひどく悲しそうな顔をした。

『私の中に……一体誰を見ていらっしゃるんですか』

そして先日、ついに怒らせてしまったのだ。今にも泣き出しそうだった。辛そうに顔を歪めながら、それでも泣くまいと必死に気を張っていた。

アルトアは彼女の姿を探していた。家臣に命じればすぐなのだろうが、自分の手で見つけたかった。

――見つけなければならなかった。

茂みを掻き分け、懸命にその姿を探す。本来なら、一国の王にこんなことをさせるなんて許されない。国王の方も、娘一人のためにここまでするのはどうかと思われるだろう。だが、彼女を放っておくわけにはいかなかった。このまま会わずにいれば、恋しくなってしまう。探すだけなら、『妻と似ているから放っておけない』『起こらせてしまったから』と誤魔化しも効く。彼女が『特別な存在』であることは、変えようのない事実だから。

そう……妻を裏切ることだけは絶対にしたくない。それなのに、どうしようもなく彼女に惹かれる自分が、時々嫌になるのだ。

「はっ……はぁっ……っ……いた……」

木陰で小鳥と戯れる少女の姿。それはまぎれもなく、今まで探していた彼女だった。アルトアの前で見せる大人びた表情ではなく、無邪気で無垢な少女がそこにいる。

呆然と立ち尽くすアルトアに気付くと、その表情が引き締まった。どうして自分の前でもその表情を見せてくれないのか、気を張って接すのか。胸の奥から沸き上がる負の感情。それを必死に抑え、何食わぬ顔でリオネに近付いた。

「リオネ、ここにいたのか」
「陛下……」

リオネが慌てて立ち上がると、小鳥達は一斉に飛び立つ。それを名残惜しそうに眺めた後、アルトアへと向き直る。随分と落ち着いた様子だが、まだ瞳は潤んでいた。

「陛下、私は……! ……あ、」
「ん、どうした……?」

視線はアルトアの頭部に向けられた。次いで手が伸び、髪に触れる。アルトアは驚き、一歩後ずさった。

「はい、取れました!」
「取れ……? 一体何を……」

リオネの手がつまんでいたのは、緑葉。アルトアの頭についていたものだ。茂みを掻き分けた時についてしまったらしい。目を瞬かせるアルトアに、彼女はくすくすと笑い始めた。

「ふふ、陛下ったら。頭に葉っぱをつけるだなんて……ふふふっ」

リオネの笑いは止まるところを知らない。それどころか、時を重ねるごとにひどくなっていった。普通これだけ笑われたら、怒るまでとはいかなくともムッとするものだろう。だが、アルトアは微笑した。その表情を見たリオネは、不思議そうに首を傾げる。

「陛下……?」
「それだ……私はその表情が見たかった……」
「え、表情?」

変な顔でもしていたのだろうかと心配になり、顔をぺたぺたと触ってみる。特に変なところはなさそうだが……。

アルトアは嬉しそうにリオネの手を取り、そのまま引き寄せた。突然の出来事に目を丸めるリオネ。体温を確かめるかのように、優しく抱き締められる。

「へ、陛下!? あ、あのあの……!」
「はは、慌てているきみも可愛いな」

かわいい。
その四文字に、リオネは心臓を握り潰されているかのような錯覚に陥った。本当にそう思っているのか、思っているとしたら一体どこが。

「奥様より……可愛い、ですか……?」

アルトアはどきりとした。妻を引き合いに出されると、どうも弱い。言葉を飲み込むアルトアの体を押し返し、リオネは顔をしかめた。

「奥様以上に見られないなら、こういうことはなされない方がいいと思います。勘違いする女の子、いっぱい出ちゃいますよ?」

冗談ぽく笑ってみせる。途端、アルトアの顔に影が差した。真剣な瞳で、リオネを見つめる。

「きみは……リオネは、勘違いしてくれないのか?」
「え……?」

またその大きな腕の中へと誘われ、先程よりきつく抱き締められる。アルトアの吐息を間近に感じ、顔の中心に熱が集まった。

次第に腕の力が強まり、少し息苦しくなってきた。

「陛下……怒っていらっしゃるのですか……?」
「きみがそう感じるなら、そうなのだろうね」
「どう、して……?」
「…………私といる時は気を張って、本当の自分を見せていないようだった。それなのにあの小鳥には……」

その時、『リオネ様』と叫びながら走り回るユリアの姿が見えた。アルトアはリオネの体を解放し、咳払いした。その頬が赤みを帯びているように見え、嬉しさを感じていることに気付いたリオネは、その想いを払うように両頬を叩いた。痛いのは頬だけのはず。それなのに、心まで痛むのは何故だろう。

「あ、小鳥さん……」

肩に止まった小鳥に笑いかけ、優しい手つきで触れていく。小鳥も嬉しそうに、頬をリオネの手に擦り付けた。

ユリアだけでなく小鳥にまで邪魔され、アルトアは笑顔を引き攣らせた。

「リオネ……きみは小鳥が好きなのかい?」
「はい、とっても! 動物は皆大好きですよ」

満面の笑みが返ってきたことに、胸が高鳴った。だが、その笑顔の原因が小鳥だということは気に入らない。大人げないと分かっていながら、リオネから小鳥を引き剥がし、木に止まらせる。

アルトアはこの感情を知っていた。かつて、妻にだけ感じていたものだ。

笑顔はひだまりのようで、彼女が幸せそうなら自分も嬉しくなった。他人に触れられると、それが動物であっても快くは思わなかった。その感情の名を、アルトアは知っていたのだ。

(嫉妬と、それから……)

アルトアは胸に手を当て、ふっと息を吐いた。







某交流サイトにてちまたさんにリクエストしていただいたものです。
リオネさん、アルトアさんをお借りしました。
ラブちっくということで、嫉妬をテーマに書いてみましたよっ。
愛妻家で奥さんを愛していらっしゃるのだけど、リオネさんにも惹かれているっていう設定が何とももどかしいです><
そこを上手く表現できるか不安ではありましたが、それゆえにたくさんの挑戦があって楽しかったですーっ!
ちまたさん、リクエストありがとうございました!







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