飲み込まれてしまえばいい
朝日が照らす窓辺に、少女の姿はない。光を避けるように、扉の近くに置かれた椅子に腰かけている。その眩しさに、目を細めながら。
(こんな煩わしい光も……彼女には美しく輝いて見えるんでしょうね……)
無邪気な笑顔で外を駆け回るカリンの姿を想像するだけで、頭が痛くなる。頭痛の原因は、それだけではないけれど。
「リートリートリートリートっ!」
部屋の外から自分を呼ぶ煩わしい声。決して叩かれることのなかった扉を、今は毎日のように彼女が叩く。それが当たり前になってきていることが、苦悩の種でもあって。
「騒がないで、迷惑だわ」 「あ、ごめん! でもね、どうしてもリートに見せたいものがあったの! だから早く開けてっ」
急かされても、それに従う気はない。構わず薬学のレポートに目を通していると……。
「リート! はーやーくー!」 「…………」 「リートー、開けてよリートー、リートさんやーい。り……」 「煩い、静かにして……!」 「あ、おはようリート!」
開口一番、耳を震わす大音量。煩い、いつもなら口をついて出る言葉だが、今回は何とか留めた。満面の笑みを浮かべる彼女には、何を言っても無駄だろう。諦めて素直に話を聞くことにしたのだった。
「で……用件は」 「そうそう、これなんだけどねっ」
カリンの手に乗っているのは、何故か雛鳥。生まれてからそう日は経っていないらしく、寒さに震えている。
「飼え、なんて言うつもりじゃないでしょうね」 「それは言わない! ……言いたいけど。寮で飼っちゃいけないもん」
許可されていたなら、飼えと言われていたかもしれない。そんな面倒なことは御免だ。
「ああ……許可されていたら自分で飼うわよね、この人は」 「何の話?」 「ただの独り言よ。いちいち反応しないで」 「ご、ごめん」
カリンが頭を撫でてやると、雛鳥は気持ち良さそうに顔を摺り寄せる。
「寮棟の前で寂しそうに鳴いてたから拾ってきちゃった。可愛いでしょ? まだ赤ちゃんだよっ!」 「見れば分かるわ。それより、どうして私なの」 「ん?」
雛鳥に話しかけては笑顔になるカリン。鳥相手に何を……と思いつつ、彼女なら、という考えも心のどこかにある。
そんなカリンが、リートには眩しすぎて。
「貴女と仲のいい人ならたくさんいるでしょ。私のところまでわざわざ足を運ぶ必要なんてないんじゃないかしら」
一緒に親鳥を探して、とでも言うつもりか。それなら、透視能力を持つラウトの方が向いているだろうに。
「親鳥を探すつもりなら一人でどうぞ。私は来週の薬学の授業で使う材料を揃えなければならないから」 「あ、そっか! 親鳥さんを探すべきだよね……!」 「……何故最初に思いつかないか不思議だわ」
開きかけの扉を離れ、外に出た。その行動に意味などないのに、目の前の少女は嬉しそうに笑う。
「この子を見つけた時ね、親鳥さんを探すとかこの子を飼いたいとか考えられなかったのね。真っ先にリートの顔が浮かんだから!」 「は……?」 「リートに、見せたいと思ったんだよ?」
顔の中心に熱が集中するのが分かった。こんなことを言われたのは初めてで、免疫がないからだ。
リートの顔を覗き込み、またあの無邪気な笑顔を向ける。今までの、好奇や羨望に満ちた目で近付いてきた、愚かな輩とは違う、この反応。
「ふふっ、何でだろうね」
純粋でいて強固な意志を持つ。異常の中の、より異質な存在。それでも諦めずに真っ直ぐ突き進む。呪いにさえ屈しない精神の強さも、恐ろしいくらいに美しい。
そんな彼女を光とするなら、自分は間違いなく、闇、だ。
「あれ……リート照れてるの? 顔、赤いよ?」
嗚呼、
「気のせいよ。……絶対、あり得ない」
闇は光に飲み込まれてしまえばいい。
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