こんな格好では上手く体を動かせない。鬼は首筋に顔を埋め、舌を這わせる。何とも言いがたい感触が体を侵蝕していく。牙が顔を出し、その先で肌を少し刺す。流れた少量の血は、白のシャツを赤く染めた。鬼は血をその冷たい舌で舐め取り、舌なめずりをした。

「あぎゃあぁぁぁぁ!!」

地を斬るほどの絶叫。風と共に鬼は斬り裂かれ、残った灰も塵となって消えた。

「人間風情がいい気になりおって……我らを殲滅するなどとぬかしておるからこのような目に遭うのだ」

森の奥から聞こえる魔の足音に、思わず息を呑んだ。今までとは明らかに違う、静かな殺気を纏った者。

「娘、名は何という」
「貴様ら鬼に名乗る名などない!」
「ふ……威勢の良い娘だ……」

頭から覗く二本の角。落ち着き払ったその姿勢。金の瞳に映るのは、獲物の姿。

冷たい瞳に見下ろされれば、自然と体が硬くなる。恐怖は捨て去ったつもりだったが、この男は他とは違う、別格だった。自分の弱さに反吐が出る。最も憎むべき相手にこうしていいようにされている……そんな自分が許せなかった。

「気安く触れるな!」

持ち上げられた顎から男の手を振りほどき、銃を構える。その手は恐ろしいくらいに震え、狙いが定まらない。

「どうした、震えているぞ……?」
「黙れ鬼! 私は……私は……!」

発砲した弾は外れ、男の傍の大木を打ち抜いた。飛び散る木片を横目に、男は不敵に笑む。唇を噛むと、悔しさに己の銃を見つめて俯いた。

唯依(いより)、唯依と遠くから自分の名を呼ぶ声がする。だが、動けない。ここから動けば仲間がやられる。

「唯依、か」

再び顎を取られ無理やりに男の方を向かされる。殺気立った瞳で睨み付けてやれば、男は不愉快そうに目を細めた。

「生意気な娘だ……だが、気に入った」
「っ貴様になど……!」

殴りかかろうとしたもう一方の手を拘束され木に体を押し付けられれば、身動き一つ満足にできなくなる。

「私と鴛鴦之契(えんおうのちぎり)を交わせ」
「な……に……!?」
「鴛鴦之契を交わせと申したのだ」

それはどこまでも冷たく、どこまでも美しい声音だった。

鬼を憎み鬼を殲滅することだけを目的とした殺し屋の少女。人間を敵視する鬼里で、長として生きる対角(ついかく)の男。宿命を背負う男女の出会いが、世界を揺るがすこととなる――。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -