「銀八、覚えてますか」
ブラックのコーヒーに、甘いミルクと砂糖をたっぷりと入れ、カラカラとスプーンで音を立てつつ香りを楽しんでいる最中に、銀時がぼんやりと呟いた。
「何を」
銀八は、かき混ぜる手を休めないまま、ソファに座る銀時の隣に腰を下ろした。
食後の、二人だけの心地よい、コーヒーの時間。
「私たちがまだ小かった頃、結婚の約束を」
「そんな約束した覚えねーよ」
「ふふ、まぁそれは冗談ですが」
飲みかけのコーヒーを飲み干して、銀時が笑った。
こんなやりとりももう何度交わしたか、二人は兄弟であり、恋人という関係だった。
触れ合う手の甲が熱いのも、お互いがお互いを欲している為だろう。
「子供の頃、貴方が言った“約束”ですよ」
「あ?なんだったかな・・・」
甘ったるいコーヒーが銀八の喉を通っていく。一口飲み込んだ後、はぁ、と息を吐けばあたりに甘い香りが漂った。
その香りに反応してか、銀時が甘えるように銀八の肩に頭を擦り寄せる。
いつもの騒がしい時間にされると鬱陶しい行動も、今のこの時間だと不思議とその行動も愛しく思えた。
“いつか銀時よりも、もっともっと強くなって、銀時を守れるくらい強くなるから”
ぽつりぽつりと呟く銀時はどこか寂しそうで、触れている指が微かに揺れた。
そんな約束したっけかな、銀八が思い出そうとするが、何せ銀時が言うのは幼少の頃の話。
銀八は部屋の隅を見つめながら、ぼんやりとコーヒーを軽く飲んだ。甘い。
「私の弟ということで、随分迷惑をかけましたね」

子供の頃は兄弟の存在というのは第三者にとっては都合のいいもので。
銀髪と赤い目が理由のイジメに屈しない銀時から標的が弟の銀八に向かったことが何度もあった。
“あの坂田銀時の弟”というだけで、同級生からは距離を置かれ、銀時をイジメていた奴らから酷いことをされてきた。
屈せずに殴りかかる銀時と違って、銀八は黙ってやり過ごしていた為か、かっこうの餌食となってしまっていた。
自分よりも大きな奴らに囲まれる恐怖が蘇る、その度に銀八を守ってくれた大きな背中。
その背中がある日倒れてしまったことがあった。さすがの銀時も、複数人に襲われ銀八を守りながら戦うのは無理だった。
キズだらけの銀時に、銀八が見せた最初で最後の涙。

“いつか銀時よりも、もっともっと強くなって、銀時を守れるくらい強くなるから”

「・・・それが今じゃすっかり、立派な大人になってしまって。」
む、と銀八がコーヒーカップから口を離す、そのままテーブルに置き、煙草の箱を手にとった。
中身を取り出す仕草をするも、中身は空っぽ。はぁ、一度ため息をついて、空の箱をごみばこに投げる。入らない。
「立派な大人になって嬉しいだろ?」
(でも、まだお前を守れるほど大きくはないけれど)
心の中の言葉をぐっと飲み込む。と、銀時がくす、と軽く笑った。
「嬉しいです。でもちょっと、寂しいですけどね」
飲みかけの銀八のコーヒーカップを手に取ると、そのまま甘ったるいコーヒーを口に含んだ。
あ、と声をかけようとしたとき、二人の距離が一気に縮まった。
触れていた手の甲が、一度離れ、また近づく。
「んっ・・・」
そっと優しく後頭部を固定され、離れないように抑える。
そのまま、微かに開いた唇を舌で開き、甘ったるいコーヒーが銀時の口内から銀八の口内へ注がれる。
思わず銀八が目を細めると、ちゅ、とわざとらしく音を立てて、銀時が唇を離した。
げほ、銀八が一度むせ、思わず甘ったるい唇を手で覆った。
「いきなり何すんだよ・・・」
「これ以上立派になられては困ります」
布の擦れる音、ぎし、ソファのスプリングが一度軽く鳴る。
銀時の腕が銀八の腰に廻り、温もりが重なった。
そのまま銀時はふわりと漂うチョークと埃の匂いのするシャツの肩口に顔を埋めた。
「・・・これからも私に貴方を守らせてください」
お願いします、とくぐもる声で耳元で呟く。
抱き寄せる腕の力が強くなる。銀八の手は行き場を失い、宙を泳ぐ。
(・・・我儘)
一度ため息をつくと、甘ったるい匂いがした。
行き場を失った手を、そっと銀時の背中に廻し、抱き締めると、微かに香水の香りが漂った。
無言の返事は温もりを通じて伝わったようで、一生守りますから、と小さい声が聞こえた。
(んな恥ずかしいセリフ、よく言えるよな)
ぼんやりとしたルームライト、テレビも音楽もついていない静かな部屋。
聞こえるのは微かな都会の音と、二人が触れ合い笑う声だけがいつまでも聞こえていた。

あの日の約束が続く時間。

二人で飲むコーヒーは、酷く、甘い。





静かな夜に


坂田弁護士×銀八先生:とち子



鏡の向こうの君と僕


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -