※兄弟順は銀八→銀時→金時→白夜→王弥





「な、金時。お願い」
双子の兄が、夜中に枕を抱えて部屋の戸をノックしてきたと思えばこれだ。大方、独りで心霊番組でも見て寝られなくなってしまったんだろう。
「………八兄は」
「八兄はテスト前だから、問題作ってんの。邪魔したくないし……、な、頼むよ」
「…わかったよ。ホラ、おいでよ」
「やった!!金時大好き!!」
銀時の軽い口調に、胸がずきりと痛む。銀時に悪気がない事は百も承知だが、そう簡単に割り切れはしない。だって金時は、双子の兄である銀時を好きなのだ。しかし金時がうだうだと悩んでいるうちに、長兄である銀八に拐われてしまった。
「金時って体温低いよな、布団つめてぇ。」
「じゃあ出る?」
「嘘、嘘だって。寒いなら俺があっためたげるから」
そう言って、銀時はぎゅうと抱きついてきた。兄弟の中で基礎体温が最も高い銀時の体は、ぬくぬくと温かく心地がいい。けれど銀八にもこうして抱きつくのかと思うと、嫉妬よりも先に愉悦を感じた自分が心底嫌になる。
「ホント、お前はあったけーな」
「だろ?名付けて人間湯タンポ!思う存分温まっていーぜ」
「何上から言ってんだよ」
甘いものを沢山食べているくせにあまり肉のつかない背中に腕を回す。幼い頃から仲良しな双子なのだ、それくらい不自然ではないだろう。
「こうやって一緒に眠るの、久しぶりだよなあ」
「当たり前だろ、もう子供じゃないんだから」
苦笑してみせると、銀時はでも、と返した。
「俺、結構こうやってくっついて眠るの好きなんだよ。銀八はなかなかやらしてくんないけど」
年不相応に(けれどやけに似合っている)両方の頬を膨らませて、銀時は言った。その柔らかな頬を優しくつまみ、「八兄はベタベタすんのあまり好きじゃないだろ、」とらしくもなくフォローしてやる。銀時の事が好きだとはいえ、銀八の事だって兄として大好きだ。意地悪は出来ない。
「んー…、まあ、そうだけどさあ…」
「ほーら、せっかくのオフなんだからさ、もう寝かせてよ」
「……うん、」
観念したのか銀時は目を閉じ、金時の胸に顔を刷り寄せてきた。やがて寝息をたて始めた銀時の、やわらかな銀髪を撫でる。銀八がこの身体を抱いているのだと思うと憎らしいが、銀時に罪はない。男にしては華奢な身体を抱き締めて、金時も目を閉じた。


*


銀八から二人を起こしてこいという命を授かって金時の部屋に入った白夜は、目の前に広がる光景に目を瞬かせた。金時のベッドはシングルだから狭いだろうに、金時と銀時がぴったりと抱き合って寝ている。
「…………どうしろと…」
白夜が困惑していると、ん、と短い声をあげて銀時が身動いだ。
「……朝?」
「そうだよ、兄貴」
「ん…ああ、しろや…じゃん」
「うん。だから起きろ。朝御飯冷めるだろ」
「わかった…」
眠そうに目をこすり、銀時が起き上がった。腕の中の温もりがなくなってしまった事に気付いた金時が寝返りを打つ。何年もの間使われずに意味を果たしていなかった枕を、その腕に抱かせてやる。
そのまま寝ぼけ眼の銀時を洗面所へ行かせ、そうとは知らずに枕をぎゅうぎゅう抱き締める金時に、後ろから抱きついた。
「…金時」
匂いを嗅ぐと、スーツを着ているときとは違って金時の匂いが鼻腔に届く。金時特有の甘い匂いに口角を緩ませた。
「…金時、すき」
だから早くこっち向けよ。
「……んんー……、あさ…?…あれ…?銀時は………」
「兄貴ならもう起きたよ」
「え、マジ?っつか白夜ぁ、銀時起こしたんなら俺も一緒に起こしてよ」
「兄貴は自力で起きたんだよ。ホラ、早く顔洗ってこい」
素早く金時から離れて、ベッドを降りる。かしかしと頭をかきながら、金時が「でもさァ」と言った。
「なんでお前は俺に抱きついてたの」
「兄貴がなかなか起きねぇもんだから、バックドロップでもかけてやろうかと思ってたんだよ」
「マジかよ。良かった、起きて」
ほ、と金時が溜め息を吐く。大して頭を捻っていない理由に簡単に納得するのだから、金時がどれだけ単純かが窺える。
「…はぁ、ねみぃ。なー白夜ぁ、朝飯なに?」
「八兄が作ったチーズオムレツとウインナーとトースト。兄貴はコーヒーと紅茶、どっち?」
「んんー…じゃあ紅茶。あ、ミルクティーな」
「…はいはい」
階下に降りると、銀時はもう席についていた。
「金時兄貴はあとから来るよ」
「おう。お疲れ様、白夜」
「…べつに」
金時に朝から抱きつくことが出来たのだから、デメリットはなかった。金時の甘い匂いを思い出しながら、冷蔵庫から牛乳を取りだし、雪平鍋に少し入れる。弱火にかけすこし縁が泡立ってきたところで火を止めた。金時専用のひよこ色のマグカップに温めた牛乳と、濃いめに淹れてあるアッサムティーを注ぐ。牛乳と紅茶を少し混ぜ、見事出来上がったミルクティーを金時の席に置いたところで、顔を洗った金時がダイニングへ来た。
「ったく、おせーぞ、金時。仕事ねェからってだらけんなよな」
「ごめんごめん。ちっと油断しちゃった」
兄弟全員が揃ったところで、今までずっと黙っていた王弥が「…いただきます」と号令をかける。それに続いて、いただきます、と合掌した。
「んーっ、やっぱうめぇな、八兄のチーズオムレツ」
銀八は昔から、オムレツをつくるのだけは上手い。仕事で忙しかった両親に変わって、小さい頃から朝ご飯を作っていたからだ。兄弟の中で一番料理が上手いのは銀時だけれど、その銀時が「オムレツは八兄が作ってよ」とねだるので、朝ご飯当番はいつのまにか銀八になっていた。銀八は反対しなかった。だいすきな銀時にねだられて、悪い気はしなかったんだろう。
手早く朝ご飯をかっこみ、ブラックコーヒーで最後のトーストの欠片を押し込んで、「ごちそうさま」と立ち上がった。
「もう食い終わったのか、はえーな」
「俺は銀八兄貴みたいにちんたら食ってねぇの。じゃ、出掛けてくる。夕方には帰ってくるから」
「ったく。気を付けろよ」
「おー」
背中に投げられた言葉に片手をあげることで返して、玄関へ通じる扉を閉めた。


*


相変わらず白夜は無愛想で、家族と一緒の時間を過ごすことを嫌がる。多感な時期なのだから仕方がないと無理やり自分を納得させてみても、一抹の寂しさは残る。そのことを銀時に相談すると、「俺や金時だってそうだっただろ」と軽くあしらわれたのだった。
「八兄、皿洗い手伝うよ」
「ああ、ありがとな、銀」
「なに眉間にシワ寄せてんの。考え事?」
「あー…白夜くんが絶賛反抗期だなあと」
「またそれ?」
どうせほっとけば収まるよ、と銀時は苦笑した。白魚のような手が泡にまみれながら、手際よく皿を洗っていく。
「それに無愛想なのは王弥もなんだし、白夜にだけ言ったら不公平だよ」
「…それも、そうなんだけどな」
けれど、王弥の無愛想と白夜のそれとは違う気がするのだ。王弥の無愛想はきっと生まれつきのものだろうが、白夜は感情を押さえ込むために口をつぐんでいるように思う。
「なんかなぁ…ただの反抗期っつう感じがしないっつうか…」
銀時が洗ってくれた食器をてきぱきと拭きながら首を捻る。
「そんなに心配しなくったって、どーにもならなくなったら白夜の方から言ってくんだろ。大丈夫だって、八兄」
「….だと、いいんだけどな」
妙なしこりは残るものの、金時の片割れである銀時がこうも断言するのだから大丈夫だろう。
「なあ、おにーさま?白夜のことばっかで頭いっぱいにされたら、いくら俺だってサビシイんですが」
やけに色気のある唇が、綺麗に吊り上がる。
「俺も構ってよ、おにーさま」
固まっている俺の唇を、銀時の真白な指が這う。その手を引き寄せて押し倒せば、銀時は嬉しそうに笑った。その小悪魔のような笑みを見ていると、白夜の反抗期なぞどうでもよくなってくる。実際どうでも良かったのかもしれない。俺は酷い男だから。
『八兄は優しいね』
何かある度、銀時はそう言って笑ったけれど。そんな事はない。俺は自分と、銀時の事が一番可愛いんだ。銀時が笑っていてくれるなら、他に何も要らない。そう言える自信がある。
「ぱっちゃん、キスして」
銀時が首に回して来た腕の感触に目を細め、銀時の要望のままに唇を重ねた。


知らぬが仏


end



八銀八前提銀←金←白:高谷那智様


鏡の向こうの君と僕へ】


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -