え…――。

 綱吉は目が覚めて唖然とした。
 自分の視界はどこかしこも目が痛くなるほど真っ白だったのだ。一体どれほどの広さがあるのかもわからない。とにかく、立ち上がった綱吉の真下に影が来ていることから、上から光が差し込んでいることは分かった。しかし、見上げてみても眩しくはない。一度見ればしばらく残像が残る、という現象もおきない。

「なんなんだろう…」

 この前、ジンジャーブレッドとかいった術者が、塗壁のフゥ太を利用して作り上げた空間と、それとなく似ている気がした。
 しかし、綱吉は「これは夢だ」と異様に認識していた。
 本来、夢とは見ていてもわからないものだ。認識することはとても難しいはずなのだ。
 仕方ないと綱吉は白い世界を歩き始めた。歩いていれば何とかなるだろうと、そのうち目が覚めるかもしれない、と。
 何より、物語の主人公はとりあえず歩いていた。
 良くない記憶力を活用し、軽い気持ちで歩き出したことを──綱吉は後悔する。


〇●〇


 どこに向かって歩いているのだろう。
 そもそも、オレは真っ直ぐ歩いてるの?


 アニメや漫画で見たことがあっただけの理由で歩き出したわけだが、無限の白に閉じ込められカレコレ何時間歩いただろうか。疲れないのは間違いなく夢だからだろうが、終着点が不明。何処を歩いているのか皆目見当がつかない。尚且つ、何時間歩いたか分からないこの夢から未だに覚めていない。そんな現状に普段から折れやすい心が今正にへし折られそうだった。

 こんなに白い世界を歩き続ける行為が精神的に負担になるとは。
 そういえば、白い世界は方向感覚が狂うのではなかっただろうか。もしかして、自分は意味もなくどころかスタート地点から全く進んでいなくて、その辺りをぐるぐる歩き回っているのでは…──。


 一番重要なことを、今更になって思い出した。


 がくりと、膝をついた。

 つまり、ようやく心がへし折れたのである。


「誰か…──助けて…」


 喉から絞り出した助けを求める発言さえ億劫だ。
 ぽわんと綱吉の頭の中に浮かんだのは、母である奈々と彼女に抱かれている座敷童のマーモンだった。
 綱吉にはそれは心強い妖怪達や式神達、陰陽師達がいるというのにも関わらず、何故か母と金を出せば運気を上昇させてくれる(時々、勝手に貯金箱から盗んで要らぬ所で運気を上げてくれるが)マーモンだった。
 綱吉が一番頼りになると本能で察している母親とのツーショットが多いマーモンもオマケで出てきたのだろう。そんなことを分析出来るほど思考回路に余裕はなかった。

「助けて…母さん…マーモン…」
「貴方…──」
「…沢田綱吉はここです…」
「大丈夫?」
「ううん。もう心折れそう…いや折れた…──」

 頭から聞こえた女子の声に、綱吉は緩慢な動きで顔を上げた。

 彼女は白いワンピースをきて、長い黒髪を下ろしている。更に前髪は長くて右目を隠していた。覗いている左目は大きい。整った顔立ちに、白いワンピースから体のラインがくっきりでているため完璧なプロポーションも伺えた。綱吉は思わず息を飲む。

「くうーん」

 あと、四足歩行の動物。

 その傍らに黒い四足歩行の動物が、彼女を値踏みするように綱吉を見つめていた。

 黒い、けど、狐だ。

 因みに一匹ではない。三匹もいる。

 しかし、そんな珍しい毛の色を持った狐よりも今の綱吉には目の前の美少女が救いの女神にしかみえていなかった。

「女神様ですね! 良かった!」
「え?」

 女の子は驚いて頬を紅潮させた。
 綱吉は差し出されたわけでもない手を握った。

「良かった! オレ、沢田綱吉です! 助けてください!!」

 すがる思いで助けを乞うと、女の子は戸惑った素振りを見せた。
 当然、彼女は女神ではない。
 女の子が綱吉を説得するのに、それから数分かかった。


〇●〇


 名は、凪というらしい。

「え。凪さんも、この夢の中にずっといるの?」

 凪に説得された綱吉は彼女も綱吉と同じ状況に陥っていることを知った。
 しかし彼女の方が幾分も質が悪く。

「? 夢なの?」

 夢だとは思わず、ずっと此処に座っていたのだという。そして、側には三匹の狐がいつも寄り添っていたそうだ。お腹も減らないし、自分が何故此処にいるのかもわからない。しかし、此処から出られる気がしなかった。
 だから、ぼーっと時間を潰していたが、気配を嗅ぎ付けた狐が走り出し、がっくりと項垂れている綱吉を発見したから声をかけてみたのだという。

「夢の中なの、知らなかったの?」

 凪はこくりと頷いて。


「気付いたら、此処に居たから」


 凪はまた、抑揚なく答えた。


〇●〇


 目が覚めるとザンザスの驚いた顔が拝めた。おはよう、と綱吉が言うと眉間にシワを寄せた。

「お前。何処行ってた」
「え…寝てたけど…──」
「ちげぇ。タマだ。タマが何処に行ってたか聞いてんだ」
「タマ? タマならちゃんと付いてる…」

 綱吉が布団を捲ってパジャマの下を柄パンに指を突っ込んで引っ張ると、ビキィと怒りを煽った時に出る血管が浮き出た音がした。

 残念ながら、その音を出した主は綱吉の式として下ったザンザスである。
 青筋は浮かんでいるし、白目になっている。激怒した時のザンザスのくせのようなものである。
 それを認識できた時にはぐわし、と頭をわし掴まれた。

「どわーっ!」

 ぶん投げられた。
 残念ながらザンザスは放り投げたつもりであろうが、綱吉は障子を突き破り、家から数メートルも離れた森の、しかも木の枝に引っ掛かる形となった。

 駆けつけてきた居候達に救出された綱吉。
 怒ったザンザスは、何処かへ行ってしまったらしく、大好きな卵焼きを食べに戻ってくることはなかった。


〇●〇


「寅の刻から敵襲でー…──」
「さぁっ、わだぁあああ!」

 フランののんびりとした警告をぶち破り、忍者のごとく屋根から飛び降りてきたアーデルハイトは戦闘する気なのか札を握っている。
 後続に炎真の式である順風耳の加藤が飛び降りてきた。

「今すぐ、至門に来い!」
「え?」
「貴様! 何故牛鬼が屋敷まで来ているのだ!」
「え!? ザンザスが!?」

 至門の頭領、コザファートを一方的に嫌っているザンザスが炎真の家である至門の家に出入りするのは、綱吉が異国の術者に襲われた時以来である。仰天している綱吉へアーデルハイトが更に畳み掛けた。

「お陰で至門の屋敷が現在も絶賛損壊中だ!」
「今も!?」
「おい、覚。説明しただろ! 何で説明してねーんだよ!」
「えー? ミー聞こえませんでしたが?」

 フランが面倒くさそうに耳をほじる。
 耳おかしくなったかなー、といつも以上に棒読みだ。
 加藤が苛立たしげに顔を歪めていると、アーデルハイトに綱吉は腕を掴まれた。

「とりあえず来い! 沢田!」






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