突然笛吹がやってきてさっさと帰れと追い出されたかと思うと、明日は有給だと強制的に有給をとらされた。

せっかくの有給だ。名前ちゃんに予定を聞いてどこか出かけようかとも思ったが、今回は急すぎるよな、と考えながら家路につくと誰もいないはずの部屋の電気がついていた。
自分の部屋に自由に出入りできる人間はひとりしか浮かばない。
自分でもわかるほどに、足取りも軽くなった。

歩きながらポケットにいれていた鍵を取り出し、扉の前に着くとさっと鍵をあけ部屋に入った。
ガチャリ、と扉が開いた音に気付いて、名前ちゃんが顔をのぞかせた。


「ただいま」


驚いた顔の名前ちゃんにそう告げると一瞬で花が咲いたように、笑顔になった。


「おかえりなさい」


部屋からは食欲をそそられる匂いがして。
ぎゅ〜っとお腹が鳴りそうだ…。


「びっくりしました。何も連絡なかったので、今日も遅いのかな〜と思ってました」

「遅くなりそうだったんだけどさ、笛吹のやつに追い出されて、明日有給取らされた」


名前ちゃんが、ふふっと笑い出した。


「笛吹さんらしい」
「……そういえば、去年も同じようなことが……」


ふっ、と。カレンダーをみると、赤いペンで印があった。
7月20日。


「あ、」
「気づきましたか?」


¨今日は笹塚さんの誕生日ですよ¨


だからか…。石垣や轟が必死になって書類仕事に取り組んで、仕事が早々に終わったのも、笛吹に早々と追い出されたのも。


「誕生日、か……」


この歳になると誕生日なんて特別な思い入れもないし、意識することじゃない。


「やっぱり、忘れてたんですね」


名前ちゃんが笑った。


「すっかり」


つられて笑うと、俺か気づくのを待ってたと言わんばかりに冷蔵庫からはケーキが、名前ちゃんの鞄の中からプレゼントがでてきた。


「お誕生日、おめでとうございます。衛士さん」


突然呼ばれた名前に、胸が熱くなった。


「不意討ちはやめてくれ……」


俺の呟きは聞こえてなかったのか、名前ちゃんは笑っているだけだった。
プレゼントをあけてもいいか聞くと、もちろんと返ってきたので、綺麗に包まれた包装紙を丁寧にとった。

中身は手作りのお守りとネクタイだった。


「社会人になったら、もう少し豪華なプレ…」


名前ちゃんの言葉の続きがわかったから。その先を言わせないように、ぎゅっと抱き締めた。


「ありかとう。名前ちゃんからのプレゼントは何だって嬉しいし、もっと言うなら、何も要らない。…こうして、名前ちゃんが俺の為に祝ってくれるだけで、いい。……だから」
(来年も生きていたとして、傍にいてくれているなら……)


今度は俺の言葉が続かなかった。
名前ちゃんが背中に腕を回したかと思うと、口を開いた。


「来年も、再来年も、その先も。ずっと、こうして傍でお祝いさせてくださいね」


その言葉に、また胸が熱くなって、さっきまでの不安なんてどこかへいってしまった。
この子はきっと、本当にずっと。俺の傍にいてくれると思わせてくれる。


「名前ちゃん」
「はい」


名前ちゃんのゆっくりした口調が心地いい。


「ありがとう」


名前ちゃんはどういたしまして、と笑った。