・男主は吸血鬼でチート。人間より上位の種族らしい。
・ちょっと厨二くさいので、雰囲気で読んでほしい。
・やたら長い。
・救済要素あり。
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不意に視界に入ったのは、ふわりと舞い落ちる黒い羽。美しいそれは、緊迫した状況に不似合いなほど優雅にゆったりと舞い落ちていく。夜の色をした羽。その持ち主を、エースはよく知っていた。
「…羽?」
異変に気付いたセンゴクが訝しげに眉をひそめ、上を見上げる。それを嘲笑うかのようにエースの背後で羽音が響いた。
「エース」
艶めいた優しいテノールがエースを呼ぶ。愛しげなその声に惹かれるまま振り返れば、想像した通りの男が立っていた。
夜色の髪をなびかせ、同色の翼をたたんだその姿は、背が震えるほどに美しい。白のシャツに黒のズボンという簡素な服装がバランスのとれた肢体をより際立たせている。
男は穏やかな光を宿した切れ長の紅い瞳をエースに向け、もう一度その名を呼んだ。
「なっ、貴様何者だ!」
「白ひげの船員か?!」
「…黙れ。動くことも、口を開くことも許可した覚えはない」
男はエースに向けたのとは比べものにならない冷たい目でセンゴクとガープを睨んだ。ただそれだけで、二人はがっくりと膝をついてしまう。中将と元帥がその様なのだ、近くにいた海兵達は残らずその場に倒れ伏した。
それは、絶対的な支配者を前にした『人間』の本能。逆らえば待っているのは死。そう思わせる男の声は、覇気などより遥かに恐ろしいものだった。
しかし威圧感の主である男は興味なさげに視線を外すと、エースの前に膝をついて傷ついた体を労わるように指を這わせた。
「…辛かっただろう、こんなに傷ついて」
「フィン、なんでっ…」
今にも泣き出しそうな声でエースがそう問えば、フィンと呼ばれた男は耳に心地よいテノールで言葉を紡ぐ。
「お前を愛しているから」
「っ…!」
至極当然のように紡がれた言葉に、エースは息をのむ。フィンはするりとその頬をなでると、深い愛を宿した瞳を細めた。
「皆がそうだ。お前を愛しているからここにいる。だから、自分を責めるな」
お前は何も悪くない。フィンは言いながらエースを抱きしめ、あやすように片手で頭を撫でた。そして、もう一方の手で彼を戒める枷に、どこからか取り出した鍵を差し込んだ。
カチリ、音がして枷が外れる。ようやく両手の自由を取り戻したエースは、目の前の均整のとれた体に縋りついた。
「フィンっ、うぅ、ひぐっ…ぐすっ」
「よく頑張ったなエース」
堰を切ったように泣きだしたエースをフィンはただ強く抱きしめた。ぼたぼたと落ちる涙が肩を濡らすが、それを気にした様子もない。
戦争の最中、処刑台の上であることも忘れ、エースは幼い子供のように声をあげて泣き続ける。フィンはエースが落ち着くまで、少し体温が高い体を抱きしめていた。
「…落ち着いたか?」
「んん…」
「それなら帰ろう」
泣いて泣いて、ようやく落ち着いたエースはその言葉にこくりと頷く。するとフィンは細い体のどこにそんな力があるのか、軽々と彼を抱き上げた。
儚げな姫君にするような優しい手つきに、エースは頬を赤らめたが、素直にその腕に身を任せ首に手をまわした。
「いい子だ」
フィンはその反応に満足したのか、エースの額にキスを一つ落とすと、柔らかく微笑む。ばさりと音をたてて、その背から翼が広がった。
夜を写したような漆黒のそれをはためかせ、ふわりと宙に舞いあがる。
「っ、逃がすな!」
しかし、そう簡単に飛び去ることは、許されないらしい。
センゴクが何とか発することに成功した声に応じて、宙にいる二人にマグマの塊が襲いかかる。次いで撃ち込まれたのは、眩い光線。そして、トドメとばかりに降るのは鋭い氷塊。
紅い瞳が見開かれ、周囲に轟音が響きわたった。
「エース! フィン!」
宙に広がる白煙に、誰かが悲痛な叫びをあげた。三大将の攻撃を同時に受けたのだ、無事では済まないだろう。誰もがそう思う中、白煙が晴れていく。
「…成る程、海軍の最高戦力もたいしたことはないな」
その先にいたのは、エースと自身を守るように翼で覆ったフィン。その翼がひろがれば、二人が無傷であることが分かる。
そんな彼に、海軍は驚愕の目を向けた。当然だろう、最高戦力たる三大将の攻撃を同時に受けて平然としているどころか、せせら笑ってみせたのだから。
「…全力だったんだけど」
「恐ろしいねェ〜、彼」
「それでも、逃がすわけにはいかん」
向けられた凄まじい敵意に、エースは僅かに身を強張らせた。肌を刺すようなそれは、並の人間なら気を失うほどのものなのだから無理もない。
むしろ、平然としているフィンが異常なのだ。
「大丈夫か? エース」
「…俺だってそんなに弱かねぇよ。別に戦ったっていいし、むしろ戦いてぇ」
「気持ちはわかるが…。お前が傷つくのは見ていられない。だから、少し大人しくしていてくれ」
困ったように眉を下げて微笑まれれば、エースは黙るしかない。早く終わらせろよと腕に力を込めれば、フィンは小さく頷き、三大将を見やる。
その目が冷たく変わり、勢いよく翼が振られる。途端に生まれた風に、混ざるのは漆黒の羽。本来ならば柔らかなはずのそれは、鋭い刃のように皮膚を裂き、地面に突き刺さる。漆黒の刃は、自然系の能力者である三大将さえも例外なく襲った。
「っ…!」
息を呑んだのは誰だったか。そんなことはどうでもいい、とばかりにフィンは高圧的に告げる。
「その場を動くな。逆らうことは許さない。逆らうなら、殺す」
瞬間、襲うのは恐怖。死の淵に立たされたかのような感覚に、弱い者は意識を手放す。流石に大将達は気を失いはしなかったが、額に汗を浮かべ、その場に膝をついてしまった。
「吸血鬼たる私に、人間が逆らえる訳がないだろう?」
フィンは心底おかしいというように、くくっと笑う。その姿はどこか暴君を思わせ、味方である白ひげの船員達でさえ背を震わせた。
そんな中、暴君に抱かれたエースだけは怯えるどころか甘えるように、その首筋に顔をよせた。
「フィン、終わった?」
「ああ。邪魔する奴はもう動けないからな。帰ろうエース」
エースを見つめる紅い目は優しい光を帯びていて、その微笑みは蕩けそうなほどに甘い。だからこそエースも分かっているのだろう。彼が敵に向ける冷酷な一面が、自分には決して向かないことを。自分は愛されているのだと知った今なら尚更に。
そんな思いを見抜いたように、フィンは甘い笑みを深めると、エースをしっかりと抱えて飛び立つ。
そして、あざ笑うかのように大将の真上を越え、戦場を抜けてふわりとモビーの甲板に降り立った。
それから、やはり姫君にするような繊細な手つきでエースを下ろすと、船首に立つ白ひげを見上げ、笑みをこぼした。
「戻ったぞ、オヤジ殿」
「オヤジぃー! ただいまぁぁぁ!」
「よく帰ったなぁ、エース! このバカ息子!」
飛びついてきたエースを難なく受け止め、白ひげはぐしゃぐしゃとその頭を撫でる。涙目のエースはにししと笑ってみせ、普段と変わらぬその姿に歓声が上がった。
「オヤジ殿、エースを連れて早く逃げてくれ。私は海軍の足止めをしてから後を追う」
「グラララ! 頼もしいじゃねぇか、フィン!」
フィンが再び翼を広げれば、白ひげは任せたぞ、と豪快に笑った。フィンは頷くと翼をはためかせ飛び立った。
「っ、フィン!」
不安げな涙声に名を呼ばれ、振り返れば迷子の幼子のような顔をしたエースがいて。それを無視して飛びされる程、フィンは非情ではなかった。
「エース、すぐに戻るから」
「…本当に?」
ああ、と微笑んで頷いてから、エースを引き寄せると、かすめるように唇を奪う。途端に顔を真っ赤に染めたエースに、行ってくると笑いかけ、フィンは今度こそ飛び立った。
「帰ったら、いくらでも甘えさせてやるから!」
じゃあ、早く帰ってこいよ! という声に笑みを返したフィンは、ふわりと地上に降り立つと翼をたたんだ。
途端に距離をとる海兵にむかって、尊大に言い放つ。
「…この先、一歩でも進めば死ぬと思え」
穏やかだった表情がすっと消え、代わり紅い瞳には怒りが燃えていた。エースを抱えている間は意図的に抑えていたのだろうそれは、まるで業火のようで。海兵達を倒すには十分な効果を持っていた。
膝を付く者、意識を失う者。反応は様々だが、一様に戦闘不能となった海軍にフィンは見下すような目を向けた。
「私が少し手を振るだけで、貴様らは死ぬ。記憶に刻んでおけ」
そう言って、靴音を響かせて海兵達の間を抜けていく。途中で面倒になったのか、たたんでいた翼を広げて舞い上がる。
降り立った先は処刑台の上。膝を付いたままのセンゴクの目の前だった。
「っ、貴様は一体、何者だ…」
「…我が名はフィン。夜の王たる吸血鬼だ」
堂々と名乗りをあげたフィンは、あえてにたりと歯をむき出して笑う。真っ赤な唇から覗いたのは真珠の色をした鋭い牙。それは吸血鬼の象徴。
自身が人ではないと示して見せた吸血鬼は、不遜な態度のまま口を開く。
「貴様らに忠告しておいてやる。他人のものには手を出さない方がいい。特に私のものには」
「…お前のもの、だと?」
「ポートガス・D・エース。あれは私のものだ」
険しかった表情が僅かに和らぎ、優しい声が紡がれる。その姿は誰がどう見ても、愛しい者を思うそれだった。
「貴様らとて、愛しい相手を傷つけられれば怒るだろう? それが生涯ただ一人と決めた伴侶ならば尚更な」
伴侶と躊躇うことなく口にしたフィン。長い長い時を生きる吸血鬼にとって、その言葉がどれ程の重さを持つのか理解する者はこの場にはいない。それでも、愛しげな声音で、フィンが何よりもエースを大切に思っていることは、理解できた。
「…今はエースのそばにいる方が重要だから、見逃してやる。だが、次はないと思え」
底冷えするような声で告げたフィンは、興味が失せたかのようにあっさりと背を向けると、翼を広げて舞い上がる。
ばさり、乾いた羽音と舞い落ちる黒い羽だけ残して、暴君のような男は青々とした海へと去って行った。
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処刑台の上にその姿を見つけた時、身を貫いたのは激しい怒りと後悔だった。
何故、あの子はあんなに苦しそうな顔をしている。何故、あの子はあんなに傷ついている。何故、私はあの子を守ってやれなかった。
エースを傷つけた海軍にも、無力な己にも怒りを感じた。同時に、何よりも大切な存在を失うことに恐怖した。
もう二度と、あんなものは味わいたくない。だから、何があろうとエースを守ろう。あの子を害するものは全て、この手で滅ぼしてみせよう。
海の上を滑るように飛びながら、フィンは自らにそう誓った。
紅い瞳がキラキラと輝く青の中、悠然と泳ぐ白鯨を捉える。その甲板で大きく手をふるのは、愛しい伴侶。フィンの表情が自然と柔らかくなる。
「フィン!」
「エース!」
甲板に降りるか降りないかのうちに飛びついてきたエースを難なく受け止め、抱きしめる。そのまま、互いを確かめ合うように唇を重ねた。
「…お帰りフィン」
「ただいま。約束通り、たっぷり甘えていいぞエース」
フィンがおどけるようにそう言えば、エースは嬉しそうに笑ってその首筋に顔をうずめる。フィンはくすぐったそうに笑うが、甘えていいという言葉通り、引き剥がそうとはしなかった。
「フィン…」
「お帰りエース。私の愛しい伴侶」
とろける様な優しいテノールにエースは、んん、と短く答えて、とてもとても、幸せそうな笑みを浮かべたのだった。
太陽を愛した吸血鬼
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