君と空の上
調合に必要な基本的な薬品は揃ってきた。だけど、どうしてもその組み合わせが決まらない。論理すら組み上がらずに思考がぐるぐると同じところを回っているような気がする。上手くいかない。
「あー、また駄目!」
思いつくままの組み合わせをノートに書き留めてみるけれど、また効果を打ち消し合う結果が予測されるだけ。一体どこに問題があるのか、全く思いつかない。苛立って無意味にぐるぐるとペンを動かせば、ノートに黒い丸が量産された。
「……箒乗りしよう」
思考が行き詰まった時は動くに限る。ノートとペンを机に放り出して、グローブと箒を手にすれば、相棒がふるりと震えて喜びを伝えてきて、少しだけ笑ってしまった。
ーーーーー
速度を持った急降下から、海面すれすれで急上昇。びゅう、と風が耳元で鳴るほどのスピードで飛んで、唐突に急停止。再び動き出して、ぐるぐると回転しながら、ハイスピードで空を舞う。少し冷たい空気がとても心地よかった。
頭の中で架空のスニッチを思い浮かべて、それを追いかける。風をはらんで膨らんだ帆の間を抜けて飛べば、危うくマストに激突しかけた。
「ソフィア!危ねえよ!」
「平気!慣れてるから!」
見張りのクルーの叫びにひらりと手を振って答える。心配してくれるのはとても嬉しいけれど、これくらいいつものことだ。怖がってたらシーカーなんてやってられない。
高度を下げて、モビーの側面に沿ってスピードをあげて行けば、ふっと視界の端に綺麗な青色がちらついた。
「面白そうなことしてんじゃねぇかよい、ソフィア」
「ちょっと息抜きしようと思って」
青い炎を散らした不死鳥姿のマルコは、私にあわせて並走してくる。それがなんだか悔しくて速度をあげれば、隣でマルコがばさりと羽音を響かせた。
「追いつける?」
「上等だよい!」
逃げる私と追うマルコ。クィディッチよりもスリルがあるかもしれない。ゾクゾク来る。
急上昇と急降下、旋回もくわえて縦横無尽に空を駆け回る。一気に高度を下げて、水飛沫を上げながら、海面すれすれを飛べば、上からマルコの叫ぶ声。
「そりゃ、卑怯だよい!」
「じゃあやめる!」
着いてこないんじゃあ面白くない。ぐっ、と柄を引き上げて上昇する。ほとんど垂直に空へ駆け上がれば、追いついてきたマルコがすぐ隣で翼をはためかせた。
マストよりも上まで飛んだところで、宙返りをしようと体を傾ける。けれど、突然吹いた風にバランスが崩れた。
「ソフィア!!」
耳元で風が音をたてる。マルコが焦ったような声で私を呼んだけれど、心配するほどのことじゃない。
落ちていく感覚は堪らなくスリリングで、むしろ心地よくすらある。冷たい風が容赦なく肌を刺す。高く青い空が視界いっぱいに広がった。
…あ、そうか青色だ。青色になるまで冷却する必要があるんだ。
「なんだ、簡単なことじゃないの」
簡単すぎて思わず笑ってしまった。そこでようやく落ちていたことを思い出して、相棒を呼び寄せようと手を伸ばす。けれど、空中を漂う箒が手元に収まる前に、背中から柔らかな場所に着地した。
「……マルコ?」
「怪我ねぇか」
「ええ。ありがとう、助かった」
ゆっくりと身を起こせば、心配かけんな、とマルコにため息をつかれた。ごめんなさい、と素直に謝ってその背中にしがみつく。やれやれ、とどこか安心したように息をついたマルコは、静かに甲板に降り立ってくれた。
「あんまり無茶すんじゃねぇよい」
「あれは風が悪いの」
私のせいじゃない、と言い訳を口にしながら、遅れて落ちてきた箒を受け止める。だけど、突然の風に箒を手放してしまうなんて不覚だった。少し腕が落ちたかもしれない。今度、鍛え直そう。
それよりも今は、溢れ出すアイデアをまとめる方が先だ。
「マルコ、付き合ってくれてありがとう。おかげでスッキリした」
「そりゃ良かったよい」
「楽しかったから、また付き合ってね」
ああ、と笑って頷いてくれたマルコも中々に楽しんでいたらしい。次は落ちんなよい、なんてからかわれたけど。
君と空の上
マルコと競って空を飛ぶのは、もしかしたらクィディッチより楽しいかもしれない
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