長編 | ナノ


  君より年は上なので


「手加減しねぇからな、ソフィア」

「…そう」

 好戦的な笑顔を浮かべるエース。周りを囲むのは野次馬。なぜかみんなで賭けを始めて盛り上がってる。エースの方が人気なのがちょっと不満だけど、まあ仕方ない。

「俺が勝ったら兄ちゃんな!」

「はいはい。私が負けたら妹ね」

 事の発端はエースの『ソフィアは俺の妹!』という発言。別に私はどっちでもよかったのに、周りが『エースは末っ子だろ』なんて煽るから火がついた。文字通り発火した。
 そんなエースが私に勝負を挑んできて今に至る。あまりにもしつこいから、私が折れたとも言うけれど。

「エース、始める前に周りに守護呪文かけておいていい?」

「守護呪文? なんだそれ」

「簡単に言えばバリアみたいなもの。いちいち魔法が逸れたらとか考えるの面倒だから」

 外した魔法が見物人に当たらないとも限らない。そこまで考えて戦えるほど腕は良くないから、先に対策をとるべきだ。
 そう思っての提案だったのだけれど、周囲からは不満の声が上がる。

「避けるから平気だって!」

「そうそう、舐めてもらっちゃ困る!」

「…こっちの台詞よ『シレンシオ』!」

 あまり害のない黙らせ呪文を一つ。ほら、避けられないじゃないか。全く、魔法使いを舐めてもらっちゃ困る。声を出そうと必死になる姿に笑ってやれば、勢い良く頭を下げられた。

「『フィニート』分かってもらえた?」

「すみませんでした」

「エースも、いいわね?」

「そ、そうだな」

 みんな顔が引きつってて中々面白い。イゾウだけはけらけら笑ってるけど。
 分かってもらえたらしいから、杖を振りながら幾つか呪文を唱える。

「『サルビオ・ヘクシア』『プロテゴ・トタラム』『プロテゴ・ホリビリス 』」

 すっと杖から淡い光が広がって、私とエース以外を包み込む。薄いヴェールのようなそれはしばらくすると溶けるように消えた。よし、完璧。

「OK。はじめようか、エース」

「先攻、譲ってやるよ」

「…後悔しないでね」

 さっきのやりとりがあったのに、よく言える。本当に舐められたものだ。
 だけど、先攻を譲ってくれるというのだから、お言葉に甘えて杖を振る。利用できるものは何だって利用してやるさ。

「『ステューピファイ』!」

「おっと!」

 エースにかわされた閃光は、見物人の目の前で弾けて消えた。守護呪文は正しく機能しているらしい。

「『ディフィンド』!」

「『コフリンゴ』!」

「『インペディメンタ』!」

「『ボンバータ』!」

 続けざまにはなった攻撃系の呪文をかわして、エースが距離をつめてくる。

「火拳!」

「っ、『プロテゴ』!」

 炎と化した拳をどうにか防ぐ。まずいな、近距離戦で勝てる相手じゃない。肉弾戦なんてもっての他だ。
 距離をとることも許さず、次々と振り下ろされる拳を盾の呪文で防ぎ、時にはかわす。頬をかすめた炎が逃げ遅れた髪を僅かに焦がした。

「近距離戦は苦手か、ソフィア?」

「さぁ? どうだろう」

 さっきのでゴムが切れたらしい。纏わり付く髪を後ろに流して、再び杖を構える。

「『イモビラス』!」

「攻撃のタイミングが分かりやすいんだよ!」

 それじゃ当たらねぇな!とエースは最低限の動きでかわしてみせた。成る程、呪文を唱えるのを合図にして避けてるのか。当たらないわけだ。
 …まあ、わざとだけど。

「『コフリンゴ』!」

「だから、当たらねぇって!」

 馬鹿だな、当てるつもりもない。小さな爆発を起こせば、それに反応して横に跳ぶエース。そこを狙って杖を振る。

「っ!」

「能力者にも、魔法は効くんだね。安心した」

 咄嗟に動いたみたいだけど、かわしきれなかったらしい。裂けた頬から血が流れる。
 随分、驚いた顔をしてるじゃないか。だけど、呪文を唱えないと魔法が使えないなんて誰が言ったの。

「あんまり舐めないで。『ステューピファイ』!」

 通常の呪文と無言呪文を併用すれば形勢は逆転。開いた距離がこちらを有利にする。
 けれど、エースは俄然楽しそうに笑うと、腕を前にして構えた。何かくる。

「陽炎!」

「『プロテゴ・マキシマ』!」

 放たれたのは轟々と燃え盛る炎。盾の呪文が目の前でそれを散らすが、いつまで持つか。炎の威力に杖が震えて、支えるのがやっとだ。
 けれど、向こうも長時間は続けられないらしい。目の前の盾が砕けるのと、炎が止まるのは同時だった。

「『インペディメンタ』!」

「火銃!」

 互いに間を置かずに次の攻撃を放つ。銃弾のような炎が手首を襲い、握った杖を弾き飛ばした。
 対して、エースは閃光をかわして余裕の笑みを浮かべた。

「杖がなきゃ戦えねぇだろ。俺の勝ちだな!」

「…杖がなければ、魔法が使えないなんて誰が言ったの?」

 言葉に乗せられて、エースが身構える。その隙があれば十分。
 ローブの内側に隠した小瓶を素早く手に取り投げつける。かわされるのなんて予測済み。地面にぶつかって砕ければそれでいい。
 小瓶が砕けて中身が空気に触れた瞬間、爆発。爆破呪文にも劣らない威力は見事にエースを吹き飛ばしてくれた。

「『ペトリフィカス・トタルス』!」

 その隙に杖を拾い上げ、トドメに金縛りの呪文で自由を奪う。
 倒れたままかたまってしまったエースと、立ったまま髪をかきあげる私。勝敗は一目瞭然。

「私の勝ちってことでいい? 『フィニート・インカンターテム』」

「っ、だぁー! 負けたー!」

 体が動くようになったエースの第一声は悔しそうなそれ。甲板に大の字に寝転んで悔しそうに唸ってる。
 エースの敗因は油断したこと。私に勝ちたいなら気絶するまでやらないと。諦め悪く、どんな手を使ってでも勝ちに行くから。

「ソフィアの勝ちだ!」

「エース負けてんじゃねぇよ賭てたのに!」

「よっしゃあ! 儲かった!」

「ソフィア! かっこよかったぜ!」

 好き勝手にはなたれる見物人達の言葉を聞きながら、エースに歩み寄ってしゃがむ。寝転んだその顔を上から見下ろせば、思った以上に子供っぽかった。

「エースに兄は無理ね」

「無理ってなんだよ、くっそー!」

 …そういうところが、無理だって言ってるんだけど。むくれるエースは何だか可愛く見えた。

「そもそも、私、エースより年上なんだけど」

「……本気で言ってんのか、それ」

 …もしかしなくても、若く見られていたらしい。そういえば、あまり見た目が変わらないと栗毛のあの子に言われたな。昔は大人びていると言われてたんだけど。いつの間にか逆転していたらしい。

「本気。わたし、貴方より年上なのよ」

 嘘だろ、と頭を抱えるエースと、会話を聞いていたのか驚いたような顔をしている家族たち。…そんなに意外だったのかな。

君より歳は上なので


 そもそも最初から決着がついている



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